たおやかさと知性と生命力に満ちた、インド・チェンナイの女性たち。
在本彌生の、眼に翼。 2025.09.25
写真家の在本彌生が世界中を旅して、そこで出会った人々の暮らしや営み、町の風景を写真とエッセイで綴る連載。今回はインド・チェンナイの旅。
タミールナドゥ州では収穫を祝う「ポンガル」という祭りがある。南インドでは重要で大きなこの祭りの時期には、街のあちこちの地面にいつもとは違った華やかに彩色された特別なコーラムが描かれる。カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した話題の映画『私たちが光と想うすべて』の中で描かれている、現在のインドで生きる女性たちそれぞれの命の揺らめきに心を掴まれた。舞台はムンバイ、大都会ならではの女性たちの立場も垣間見える。世代や職業が違いながらも心を支え合う彼女たちの在りようは逞しくも健気だ。
女性たちが描く、新しい一日の始まり。
vol.33 @ インド・チェンナイ
「朝早くに散歩をしていると、家々の前に女性たちが綺麗な紋様を描いているのを見かけるの、美しい営みだからぜひ見てほしい」。当時チェンナイに住んでいた友人の執筆家、吉井朱美さんが、そう言って私を朝の住宅街に連れ出してくれた。綺麗に箒をかけた玄関先や商店の入口に、直径30センチにも満たないささやかな紋様から2メートルくらいもある彩色されたものまでが見事に描かれている。コーラムと呼ばれるこの吉祥紋様は、新しい日を迎えられたことへの感謝と健やかな一日を願って毎日描かれる。そして、午後になる頃には風が吹き人や車が通り、だんだんと消えてなくなっていく。コーラムはそんな儚さも孕んでいる。かつては米粉で描かれ、小さないきものたちへのお布施となったそうだ。この紋様を鳥が啄んだり、蟻や昆虫が食んでいる様は、それはそれは潤いのある光景だったことだろう。
基本的にコーラムは一筆書きで描かれる。彼女たちが描く様子を見ていると、細かく言えば絵を描くような感覚とは違っているようだった。ある法則に従ってキビキビと、ゴールを見据えて描いている。複雑な紋様になると線は曲がりながら上下左右、はたまた傍目には予測がつかない遠くまで伸びていく。この行為は朝一番の頭と身体のチューニングまでも兼ねているのではないかとさえ思った。女性の小さな手の指先から白い粉が細く流れ落ち紋様になっていく、側で見ているだけで心が潤った。インドの女性たちは、たおやかさと知性と生命力に満ちて美しい。
ポンガルの時期に行われるジャリカットゥという牛追い祭りに集う男たちと牛。優雅な女性たちとは対照的に、男性たちは血気盛ん。
チェンナイ郊外の村で、ポンガルの期間、小さなコーラムのコンテストが開かれていた。サリー姿で腰をかがめて手際よく描く女性たち。
監督・脚本/パヤル・カパーリヤー
2024年、フランス・インド・オランダ・ルクセンブルク映画 118分
配給/セテラ・インターナショナル
全国順次公開中
東京生まれ、写真家。
新刊の写真集『Lithuania, Lithuania, Lithuania!』の写真展を全国巡回中。9月28日までは大阪・中之島のgrafにて開催。
*「フィガロジャポン」2025年11月号より抜粋
photography & text: Yayoi Arimoto