美しい手刺繍が生まれる、憧れ続けたインドの街シュリーナガルへ。

写真家の在本彌生が世界中を旅して、そこで出会った人々の暮らしや営み、町の風景を写真とエッセイで綴る連載。今回はインド・シュリーナガルの旅。

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街の中に織りや刺繍の職人たちが住居兼工房を構えた集落が点在する。この上なく細かく美しい紋様を刺繍で描き出す様子を息を潜めながら見た。祈りの時間には手を休めるが、日のある時間帯は刺し続ける。ショール全面に細密な刺繍が施されるものは完成まで2年かかると聞いた。この人の妻は嫁いでから彼に刺繍を習ったという。いまは並んで仕事をすることもある。

憧れの極めて繊細な刺繍が生まれるところ。

vol.25 @ インド・シュリーナガル

インドのジャンムー・カシミール州シュリーナガルは30年以上憧れ続けた街だ。仕事で月に一度はインドを訪れていた社会人一年生の頃、イタリア人の同僚たちが彼の地で買い求め自慢していたのが、細密な刺繍が施された、とろけそうに柔らかなカシミールのショールだった。刺繍のモチーフは幾何学模様やペイズリーをデフォルメしたもので、細部や色使いは可憐極まりないのに、その中に隠しようのない凄みが宿っていた。当時の私には高価で手が出る代物ではなく、「身に着けられる美」をいつか手に入れたいと思った。素晴らしい刺繍は男性の職人の仕事だと後に知った。大きな手で小さな針を動かし紋様を描く様子を撮りたいと願いながらも、長い間、渡航規制があったので機会を探っていた。

この秋、友人の声がけに導かれ、遂にシュリーナガルを訪れた。そこにはイスラームの北国特有の美がちりばめられていて驚きの連続だった。旧市街ではレンガと木を組み合わせた見事な街並みや木造のモスクの彩色の可憐さに目を奪われた。織職人の家に滞在し、彼らの仕事や家族の暮らしを垣間見た。ここでは男性が外出を伴う仕事を担うことが多く、毎朝家族の朝食のパンを買いに行くのは家長、食事の支度は長男の嫁、食材の買い出しは長男といった具合だった。モロッコ、キルギス、マリなど、他のイスラーム文化圏で見た状況はそれぞれ異なるので、役割分担の基準が地域によりさまざまのようでそれも興味深い。

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イスラーム男性の服飾は素敵だ。カシミール独特のローカルファッション、被りのコートであるファランと帽子トピのコーディネートは楽しそう。
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横尾忠則さんの旅行記『インドへ』の冒頭に登場するナギン湖のハウスボートに宿泊するのも長年の夢だった。写真は移動式花店のおじさん。横尾さんが体験した霞の中の光景がいまもあった。
『インドへ』
横尾忠則著
文春文庫 ¥935

*「フィガロジャポン」2025年3月号より抜粋

Yayoi Arimoto
東京生まれ、写真家。アリタリア航空で乗務員として勤務する中で写真と出会う。2006年よりフリーランスの写真家として本格的に活動を開始。

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