「イギリスでもお花見はできますか?」
この季節になると、日本からそんな質問をよく受ける。答えはYES。ロンドンのキューガーデンやケンジントンガーデンの日本庭園など、桜の名所として知られている場所はたくさんあるし、街路樹に桜を植えているところも少なくない。

でも日本との大きな違いは、日本で全体の約70%を占めるソメイヨシノ(染井吉野)=桜という認識は皆無なこと。イギリスの春には毎年、さまざまな種類の桜があちこちで咲き乱れる。それはコリングウッド・"チェリー"・イングラムの功績によるものだ。

イングラムはヴィクトリア王朝時代の1880年、当時人気だった日曜新聞『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』の創設者一家に産まれた。生活の為に仕事に就く必要はないという恵まれた家庭環境から、成人後は鳥類の研究に打ち込む。
1918年の第一次世界大戦が終わる頃、彼の興味は徐々に鳥類学から園芸へと移行していき、1919年に購入したケント州の邸宅「ザ・グランジ」の庭にあった桜の木をきっかけに桜の収集や新品種の作成に夢中になっていく。そうして桜の世界的権威となったイングラムは、チェリー・イングラムとも呼ばれるようになる。

しかし1926年に日本で桜に関する演説の依頼を受けて3度目の来日を果たした際、自分の庭で栽培している日本の桜の多くが日本国内ではすでに失われている事態に気が付く。
その頃の日本は近代化の波が押し寄せていて、古くから伝わる品種の保護が疎かになってしまっていたのだ。危機を感じたイングラムは日本中を周り、できる限りの桜を集めて持ち帰る。そうしてヴィクトリア時代の日本ブームですでに輸入された桜に加えて、さらに多くがイギリスに根付いていったという。

なかでもタイハク(太白)には特別なエピソードがある。その名の通り、純白で花径が4、5センチの大輪の花を咲かせるこの桜は日本では絶滅していた。
そのことを1926年の来日時に知ったイングラムは自身の庭のタイハクから得た穂木を日本に送り、里帰りをさせたのだった。いままたタイハクが日本で美しい花を咲かせているのは、そんなイングラムのおかげなのだ。


日本で愛されているソメイヨシノは同じDNAを持つクローンなので、すべての花はいっせいに咲いて、いっせいに散る。だからこそ満開時は圧巻で、散りゆく際の花吹雪も劇的だ。
一方、イギリスでは桜並木であっても、異なる桜が隣り合って植えられていることも多い。だから開花時期も花の大きさも色もまちまちだ。でもそれはこの国では美の基準はさまざまであること、多種多様な文化的背景を持つ人が一緒に暮らしていることを代弁しているようでもあり、それもまたとても素敵と感じている。


在イギリスライター。憂鬱な雨も、寒くて暗い冬も、短い夏も。パンクな音楽も、エッジィなファッションも、ダークなアートも。脂っこいフィッシュ&チップスも、エレガントなアフタヌーンティーも。ただただ、いろんなイギリスが好き。