「快適な空間から抜け出すと、新たな自分を発見できる」。フォーハー片山有紗が優しいスープにこめた思い。【女の生き方、働き方】
Society & Business 2025.07.30
自らの感性を大切にしながら働き、暮らすことをとおして、より良い未来を築いていくーーそんな女性たちが紡ぎ出す印象的な言葉とともに、さまざまな働き方と生き方の物語を紹介します。
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「出産がこんなにしんどいとは思いませんでした。出産はゴールではなくスタートだったんですよね」
そう語るのは、女性のウェルネスに寄り添うブランドfor her.(フォーハー)の片山有紗だ。
「2021年にアメリカで長女を出産したのですが、心身の変化に対してなにも準備ができていなかった」と言う片山を支えたのは、周囲の温かい「ケアする文化」だった。
片山有紗(かたやま ありさ):生後3カ月から15歳まで米ケンタッキー州で育つ。国際基督教大学卒業後、家業の片山工業に入社。立って漕ぐことで移動を可能にする「ウォーキングバイシクル」のプロジェクトを率いる。2017年、片山ホールディングスの取締役に就任。2025年4月、女性のウェルネスに寄り添うフォーハー株式会社を設立。常温保存できるスープシリーズを展開し、お守りのように日常に寄り添う存在を目指す。https://forher.jp/
「幸いなことに、アメリカでは、産後の母子のサポートをしてくれるドゥーラにたくさんのことを教わりました。そのひとつが食事です。乳腺炎が心配だったのですが、抗炎症作用があるターメリックを使ったゴールデンミルク(ターメリックラテ)をお鍋いっぱい作ってくださって、目からうろこでした」
産後の女性たちの心身のケアの重要性を痛感した片山は、無理をしがちな日本の女性にも同じように寄り添う存在になりたいと、フォーハーブランドを開始した。体調が悪い時、人は自然と消化のよいものを求める。でも赤ちゃんを産んだばかりの女性たちには、材料を準備し、時間をかけてシチューやスープを煮込む余裕はない。
「栄養価の高いスープをストックしておくだけで気持ちに余裕が生まれるはずだと考え、スープの開発に着手しました」
片山の産後の経験から生まれたフォーハーのオマモリスープ。厳選された食材材を使用し、自分のケアを後回しにしがちなママたちに寄り添う。
自身の経験をもとにスタートしたフォーハーの製品には優しさがあふれている。アメリカのドゥーラが教えてくれたたレシピを参考にしつつ、薬膳や東洋医学の考えを取り入れ、日本人の味覚に合うように改良を重ねたスープには、かぼちゃやさつまいも、ごま、生姜など身体にいい食材がたっぷり。常温保存が可能で、慌ただしい毎日をサポートする心強い味方になっている。
「あなたは自分をもっと大切にしていいんだよ、という思いをフォーハーという社名にこめました。産後の大変な時期を過ごす女性たちに、私たちはあなたをちゃんと見ているから大丈夫と伝えたい」
片山の実家の家業は、曽祖父が岡山県で創業した自動車部品メーカーの片山工業だ。父親が米ケンタッキー州にある現地法人で働いていたことから、片山は生後3カ月から15歳までアメリカで暮らした。日本人が少ない環境での暮らしではつらいこともあったが、他者に寄り添うボランティア文化や、悩みを共有し合うコミュニティが存在するアメリカ社会の良さも感じていた。
アメリカでは周囲に認めてもらうため、自分の強みを意識する子どもだったという片山は、事業を始めるにあたってもそれを貫いた。2017年に会社がホールディングス化し、人々の健康や環境に貢献する事業拡大の方針が打ち出されると、自分にできることは何かを突き詰めたという。
生後3カ月から15歳まで米ケンタッキー州で育つ。今秋にはアメリカ・ロサンゼルスで商品をローンチする予定だ。
「産後のつらさだけではなく、PMS(月経前症候群)や更年期、不妊治療など女性特有の悩みについて、日本ではなかなかオープンに語られていない。まずみんなが知識を得て、理解して、共感できる社会があって、助け合ったり、支え合ったり。その循環があると少し生きやすくなると考えました。女性特有の心身の不調を理解し、助け合うことの良さも知っている私だからこそ辿り着いたのが、フォーハーというビジネスでした」
フォーハーを立ち上げてから、片山自身にも変化があった。分刻みでスケジュールを決めて行動するタイプだという片山だが、子どもが生まれたら、当然思い通りにはいかない。子どもにイライラすることもあったという。こうすることがいい母親、いいリーダーであるというレッテルを自分自身に貼って頑張りすぎていたと振り返る。いまは一回深呼吸して余力を残すことを大事にしている。
「自分では自由に生きていると思っていたのですが、実はレッテルにとらわれていたんです。たとえば、母親になったんだからもう夜遊びはできないよね、とか。でも先日、ママ友と一緒に夜中3時までカラオケに行ったら、すごく楽しかった!新しい発見でしたね」
自分のことは自分がいちばん分かっていると思っても、そうではないことに気づかされたと片山は言う。「自分にとって居心地のいい空間が幸せだと思い込んでいる。でも、その空間から抜け出して、挑戦すると違う自分に出会えることが分かりました。嫌ならばやらなければいいし、自分が幸せだと感じる瞬間をたくさん見つけてほしいと思います」
アメリカでの販売を控え、オマモリスープの説明をする片山。
片山にとって利用者からの反応でうれしいのは、おいしいという点はもちろんだが、「おまもりみたいに安心できる存在」だという声。「その声がうれしくて商品を"オマモリスープ"と呼ぶことにしました。おまもりという響きは日本らしくていいですよね。この秋にロサンゼルスでも商品をローンチする予定なのですが、グローバルで展開する商品やサービスにもオマモリを付けることを検討しています」
頑張りすぎる日本の女性たちに、スープとともにケアの心を届ける片山の試みは、心身の悩みをシェアし前に進んでいく社会をつくる第一歩となりそうだ。
私の生き方に影響を与えた人物
片山の母方の祖父はモスバーガーを創業した故・櫻田慧*で、会社を経営するにあたって、櫻田の言葉が書かれたカレンダーや著書が大切な支えとなっているという。
「祖父のモットーは、『感謝される仕事をしよう』『お客様に満足してもらうことが喜びになる』。私の日々考えていることと、すごくリンクする。だから祖父の言葉を読むのが好きですね」
*慧は「彗」の下に心
text:Atsuko Koizumi