FEATUREin PARIS

ふたりの名パティシエに聞いた、
菓子の首都パリの未来。

パティシエたちのロマンの原動力でもあり、彼らのクリエイティビティを刺激し続けるパリ。
2大パティシエのジャン=ポール・エヴァンとセバスチャン・ゴダールにインタビューしました。
パリがスイーツ界の首都と呼ばれる由縁がここに。

 ジャン=ポール・エヴァンはパリのことを「世界で最も美しく、最も創造力を掻き立ててくれる街」と言う。ここが凛とした美を纏い、個性を表現するための最高の舞台であることは、何もモードや芸術の世界だけでなく、スイーツ界においても周知のことだ。

paris-201405-h84-jean-peaul-hevin02.jpgJean-Paul Hévin ジャン=ポール・エヴァン
1957年生まれ。ジョエル・ロブション率いるオテル・ニッコーのレストランで頭角を現す。88年に、自身の店舗をパリ7区にオープン。2002年より日本をはじめ香港、上海など、アジアに多くの店舗を展開。14年冬、初めて「チョコレート・バー」という形態をスタートした。

 1988年、まだショコラがフランスで主流ではなかった時代、自身初のブティックをオープンしたエヴァン。ショコラはワインと同様、土壌と人間の力、歴史の積み重ねで発展してきた食品だ。その奥深さを背景に、職人としての技術を結集して無限大の味わいを生み出せたら、世界いちグルマンなパリジャンを虜にできる……エヴァンのクリエイター魂は刺激された。そうしてショコラ文化をパリに花開かせたいま、次なる願いを込め、彼は2014年11月にパリ5店舖目となるブティックをオープンした。

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ケーキ類もスペシャリテから新作まで取り揃える。イートインも可。タブレットのショコラが約30種並ぶ。内装は19世紀の刳形(モールディング)から考案した。本来は縁飾りに用いるもので、天井と両脇の壁を覆った。

「世界中を旅して多くのカカオ豆の生産者に出会い、彼らと消費者をつなぐことも自分の仕事と感じるようになった。この壮大なプロセスと出会いによって生まれたショコラを消費者にもっと日常的に楽しんでもらうことで、身近に感じてもらいたい」とエヴァンは語る。新店では、カカオの原産国別のタブレット類を販売し、スタンディングで「ショコラ ショ」を味わえるバーも設置。なにげない日常とスペシャルな味覚とが共存する、ショコラの新たな楽しみが広がっている。

悠久なるロマンを求めて。

 一方、モダンなデザインと卓越した技でパリの頂点を極めたセバスチャン・ゴダールは、皆が喜ぶお菓子とは、と、ふと振り返った時、クラシック菓子の素晴らしさに気づいたという。クラシック菓子の前では誰もが笑顔になるからだ。
「本物のクラシック菓子を後世に伝えていくことこそ、パティシエとしての自分の使命」。そんな思いを胸に、彼は2012年、自らの名を冠した1号店のオープンを果たした。 

paris-201405-h85-sebastien-gaudard01.jpgSébastien Gaudard セバスチャン・ゴダール
1970年生まれ。ロレーヌ地方出身で、パティシエ一家の3代目。93年にフォションへ入社し、ピエール・エルメのもとで修業。97年にシェフ・パティシエに就任。2003年、百貨店「ボン・マルシェ」内に「デリカバー」を担当。14年11月、自身2店舗目となる店を展開した。

 そして2014年11月、チュイルリー公園の目の前に構えた2号店には、自ら内装をデザインしたサロン・ド・テを併設した。古きよきパリを彷彿させるクラシカルな店内で、四季こもごもの公園の風景を眺めながら、お菓子を味わうひととき。それもまた、パリだからこそ得られる贅沢な時間であり、そこにはマイスターたちが追い求める悠久なるロマンが込められている。

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落ち着いた雰囲気が心地いい2階のサロン。大理石のテーブルで、クラシックな菓子を。手前は、マダガスカル産バニラ風味のシャンティを閉じ込めたスワン形のシュークリーム「Cygne Chantilly」8.10ユーロ。奥は、自然の色合いを大事にした、ショコラやバニラ味のマカロン。

※掲載情報はFIGARO 2015年4月号本誌および別冊「パリ最新アドレスブック。」 より抜粋

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