オーストラリア・ワイナリー紀行 #03 極上のピノノワールを求めて、伝説のワイナリーへ。
Travel 2017.01.11
オーストラリアワイン界のレジェンドが造るピノノワール。
メルボルンの東に広がるギプスランドの内陸部は人の姿を見ることも稀な辺境の地。車で走れども、走れども、森と牧野を伴ったなだらかな丘陵地が延々と続き、旅人は瞑想に近い状態で車窓の風景を眺めることになる。
雨上がりのブドウ畑の様子を見る“レジェンド”ジョーンズ氏。
無数の羊が草を食む放牧地の繰り返しに、本当にこんなところにワイナリーがあるのだろうかと不安に駆られ始めた頃、未舗装路の先にバス・フィリップのブドウ畑が開けた。お世辞にも近代的とは呼び難い、納屋のようなセラーで、創業者にして現役ワインメーカーのフィリップ・ジョーンズが待ち構えていた。オーストラリアワイン界のレジェンドのひとり。彼の手になるピノノワールは南半球No.1の呼び声も高い。
鳥害からブドウ畑を守るミミズクの案山子。
バス・フィリップのピノノワール3アイテム。左からエステート、プレミアム、リザーブ。リザーブは良作年のみ造られる。
ワイン好きなエンジニアだったフィリップは、ボルドーのシャトー・デュクリュー・ボーカイユ(格付け第2級)、“ブルゴーニュの神様”アンリ・ジャイエのワインに心酔。自らワイン造りを手がけるようになってからは、“神様”に倣って畑では有機栽培を実践。思い切った密植と収量制限、徹底した選果を断行(作柄が思わしくない年には収穫したブドウの3割を捨ててしまうことも)、醸造においては低温マセレーション(*)を取り入れ、土着酵母による自然な発酵を待つという手法を貫いている。そうした効率性度外視の方法で生み出されるバス・フィリップのワインは生命力に溢れ、ニュアンスに富み、飲み手の心を大きく揺さぶる。
愛妻のサイランさんの前で相好を崩すジョーンズ氏。
「よいピノと偉大なピノの違いはテクスチャなんだよ」。好々爺そのもののフィリップが、鷲掴みにしたボトルからグラスにワインを注ぎながら教えてくれる。「テクスチャを守るために、私はポンプを使わないし、ワインをフィルターにかけることもしないんだ」。偉大なワインを造るためには自然のフォース(力)を借りなくてはならない、とレジェンドは言う。熟成を経た彼のピノノワールを試飲すると、どこかへ連れ去られそうな気分になった。
*低温マセレーション:収穫したブドウを低めの温度で浸漬させることにより、主に果皮から旨味成分をデリケートに抽出する方法。
>>先住民アボリジニの伝統食材を使った、モダン・オーストラリア料理とは。
---page---
先住民アボリジニの伝統食材を使った、モダン・オーストラリア料理とは。
最後にメルボルン郊外にある1軒のレストランを紹介しよう。旧金鉱の町ワランダイトのヤラ川沿いにあるアルテアは2013年のオープン。オーナーシェフ、ケルヴィン・ショーは自分の料理を「ひとひねりを加えたモダン・オーストラリア料理」と定義する。彼の言う「ひとひねり」に使われるのがブッシュタッカーと呼ばれる食材。ブッシュタッカーとはオーストラリアの先住民アボリジニの人々が伝統的に利用してきた食材のことで、草の葉や根、果実、ナッツを主体にカンガルーやエミューなどの鳥獣を含む。
ブッシュタッカーいろいろ。花の付いた植物は塩味があって食感もユニークなピッグフェイス。赤いベリーは甘酸っぱいライベリー。牡蠣はネイティブのアンガシ・オイスター。
実はもう何年も前からブッシュタッカーの知識は大半のアボリジニの人々の中でも「失われた知恵」になっていたのだ。それが10年ほど前から、「未知の食材」「新たなフレーバー」として一部のシェフたちに用いられはじめると、大半が自生の野生種であることからミネラルやビタミンに富むことも人々の健康志向と合致して、瞬く間に流行現象となった。いまでは栽培も行われるようになっている。
盛り付けをするケルヴィン・シェフ。
この夜のディナーを例にとれば、生牡蠣の上にはフレーク状にしたカンガルーの尾の肉が。また、ビーフのタルタルはワリガルグリーン(つるな)という軽いえぐ味のある葉に巻かれ、酸味のあるライベリーの実が添えられて出てきた。いずれも過去の味覚体験をグラリと揺さぶってくれる食味。おいしさの探求にはまだまだ先があると、ケルヴィン・シェフの料理は教えてくれる。
生牡蠣にカンガルー肉を合わせた一皿。
緑の葉はワリガルグリーン。褐色の粒はライベリーの実。
メインのラム肉には素揚げにしたソルトブッシュを載せて。
デザートはブラックガーリックのドーナツ。
バンニャ・バンニャの葉。この木になる松ぼっくりのような実も食材になる。
メルボルンにあるロイヤル・ボタニカル・ガーデンでも多くのブッシュタッカーに出会える。
※ワインの問い合わせ先
バス・フィリップ:ヴァイ・アンド・カンパニー Tel. 06-6841-7221
取材協力:オーストラリア政府観光局、ビクトリア州政府観光局
#01「オーストラリア・ビクトリア州へ、ワインと美食の旅。」はこちら。
#02「土地の魅力が凝縮した、ワインと料理を味わえる場所。」はこちら。
特集INDEXはこちら。
photos : HIROMICHI KATAOKA, texte : YASUYUKI UKITA