今年も開催! 音楽に酔いしれるラ・フォル・ジュルネ。

特集

パリのモンパルナス駅から列車で約2時間で到着するナント。この地で生まれた「La Folle Journée(ラ・フォル・ジュルネ)」は、いまや世界的な音楽イベントに成長した。 日本でも2005年から開催され、 音楽ファンが待ち焦がれる音楽の祭典である。今年も日本で5月のゴールデンウィーク中に開催されるのを前に、本場ナントでの祭典レポートと、音楽プロデューサーのルネ・マルタン氏インタビューをお届けする。

地元ナントでは、第25回目のラ・フォル・ジュルネが1月30日から2月3日にかけて開催された。バルバラが歌った「ナントに雨が降る」を思い出さずにはいれないような悪天候にもかかわらず、メイン会場のシテ・デ・コングレに向かう人々の行列 !  1階のホールを埋める人々の数! 会場から会場への移動が難しいほどの大勢の聴衆 !  こんな信じられないような熱狂的な5日間が繰り広げられたのだ。ロックのコンサートなら驚きもしないが、クラシック音楽を聴きにこれほど大勢の人が熱心に集まってくるとは !

5日間、朝から晩までシテ・デ・コングレの合計9つのコンサートホールはどのプログラムも大盛況で、開場を待つ行列に並ぶ人々はみな浮き浮きとした表情。今回も好評のうちに幕を閉じた。

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初回からラ・フォル・ジュルネが開催されているシテ・デ・コングレ。1階のホールでは無料コンサートが行われ、熱心な聴衆がステージを囲む。プログラムとプログラムの合間にも、音楽を楽しむことができるのだ。©Marc Roger

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ラ・フォル・ジュルネを成功に導いたマルタンさん。お聞きします !

“あらゆる人が上質な音楽を気軽に楽しめる音楽祭を”という意図で始まったラ・フォル・ジュルネを成功に導いた、敏腕音楽プロデューサーのルネ・マルタンに話を聞いてみよう。彼は初回の1995年から、アーティスティックディレクターを務めている。

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熱狂的な雰囲気を背にしたルネ・マルタン氏。©Marc Roger

―― ラ・フォル・ジュルネはいかに誕生したのでしょうか。

アイデアは初回開催の2年前、93年に生まれました。ナントのサッカースタジアムで行われたU2のコンサートに35,000人もの若者が集まったことに対し、僕が企画している『ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭』などの大規模な音楽の祭典に、こうした若者はどうして来ないのだろうか、と思ったのがきっかけです。モーツァルトやベートーヴェンを聴く機会が彼らにはないからだ、僕がするべきは、出合いをもたらすことだ、と。でも、それには大勢の人がクラシック音楽を聴きに行きたくなるような、独創的なコンセプトが必要です。それでクラシック音楽を非神聖化し、より多くの人が近づきやすい方法をいろいろと考えたのです。

たとえば、お祭り的雰囲気が欲しかったので、複数のコンサートホールが1カ所に集まった場所での開催が希望でした。それゆえに初回からシテ・デ・コングレで開催しています。 人々がすれ違い、話に興じることができるという場。日本で東京国際フォーラムを会場に選んだのも、同じ理由から。そしてチケットは低価格に抑え、ひとつのコンサートの長さは45分と短めにするということも大切でした。

――45分という計算はどのように ?

もし初めてクラシック音楽を聴く人を座らせて、いきなりベートーヴェンを2時間も聴かせたら、これは自分向きじゃないな、と思われてしまう。でも、ベートーヴェンの「月光」と「熱情(アパッショナータ)」のソナタなら合計45分です。これならうまくいくぞ! と。

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ナントのラ・フォル・ジュルネに集まる聴衆は、ひとり平均2.5〜3種のコンサートのチケットを購入しているそうだ。©Marc Roger

――ラ・フォル・ジュルネというのは、音楽フェスティバルにしては不思議な名前ですね。命名の理由は?

クラシック音楽の24時間、熱狂の1日という発想からです。初回は土曜に12時間、日曜に12時間で2日間の開催でした。大成功を収めたので、その後3日、4日、5日と開催日が増えていったのです。複数日となっても、タイトルの「ラ・フォル・ジュルネ」は単数のまま変えません。というのも、この命名のもとになっているのは、ボーマルシェが書いた戯曲『ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)、あるいはフィガロの結婚』です。この戯曲の内容は革命的で、当時の貴族社会を脅かすものでした。僕は音楽のラ・フォル・ジュルネで革命を起こしたい、と思ったのです。

――革命的なことになるという確信があったのですね。

そうです。それゆえにこのタイトルを選んだのです。初回をモーツァルトに捧げたのも、彼は『フィガロの結婚』にゆかりがある作曲家だったから。初回のポスターは、モーツァルトが自分の親指を鼻につけて指を広げるという、人をバカにした仕草をしたものでした。

――なぜナントで、そしてなぜ1月末に開催することに決めたのでしょうか。

僕はナントに暮らしていて、事務所もナントに構えています。それで企画するにあたり、この地の仕事関係者なら信頼できるし、それにこの地の聴衆のことはよくわかっています。テストをする、という意味もありました。開催時期が1月末から2月にかけての週末というのは、ほかのフェスティバルと競合したくなかったのであえて選んだ時期なんですよ。

結果としてとてもよいアイデアだったことがわかりました。というのも、1月には文化的なイベントが何もないので、あらゆるメディアがラ・フォル・ジュルネを取り上げてくれるんですね。初回の開催から、たくさんの記事が出ました。もし5月だったらカンヌ国際映画祭もあるし、こうはいかなかったでしょう。

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雨にも負けず! 子ども料金は1コンサートが4ユーロ。ラ・フォル・ジュルネは、地元の小学生たちが音楽に親しめる素晴らしい機会を提供している。photo:MARIKO OMURA

――今回が25回目の開催。その間にプログラム構成はどのように変化していますか。

最初の頃は作曲家をテーマにしていました。モーツァルト、シューベルト、ブラームス……そこに時々フランス派やロシア派といった作曲家を混ぜて。20年経ったところで、作曲家ではなく、たとえば自然などもっと一般的なテーマにしようと思ったんです。そうすることで、多くの作曲家の作品をプログラムに入れられるからです。

今回は『Carnets de Voyage(カルネ・ドゥ・ボヤージュ)』(東京でのタイトルは『ボヤージュ 旅から生まれた音楽(ものがたり)』)をテーマに、ジャン・クラなどマイナーな存在ながら傑作を残した作曲家の作品もプログラムに入れることができ、100名の作曲家の曲が演奏されました。テーマに真の結びつきがあれば、クラシック音楽でなくてもジャズピアニストやアンサンブルだって招きますよ。

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――テーマを決め、プログラムを作る時の喜びは何でしょうか。

最大の喜びは曲選びです。発見もあります。また、ラ・フォル・ジュルネのための特別な企画を立ち上げるのもうれしいですね。たとえば今回は3つのオリジナル企画を盛り込みました。モロッコなど地中海湾岸国、中国、日本の音楽家が舞台に揃って奏でる“シルクロード”。その結果は素晴らしいものでした。“Le Pari des bretelles〜アコーディオンが紡ぐ旅物語〜”も企画しました。この中では作曲家にクリエイションを依頼したものもあって……。今後、こうした方向をより発展させてゆこうと考えています。

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ナントでは“Le Pari des bretelles(アコーディオンの賭け)と題されていたアコーディオンが紡ぐ旅物語。アコーディオンがロシア、ブラジル、スペイン、フランスなど世界各地を旅した楽器であることを知ることができる。演奏するのはエルメス弦楽四重奏団(©Svend Andersen)、フェリシアン・ブリュ(アコーディオン/©Manuel Braun)、エドゥアール・マカレス(コントラバス/© Mathias Nicolas)。

――これまでの間、ご自分の好きな曲はすべてプログラムに入れることができましたか ?

はい。若い頃からの僕の情熱は、 大勢の仲間を自宅に集め、買いたてのレコードを聴かせることでした。8〜10名くらいだったでしょうか。こうして自分が好きな曲を聴いてもらっていました。 東京では100万人というように聴衆の数はかなり違いますけど、いまもそれと同じことをしているのです。

ラ・フォル・ジュルネのプログラムで僕がプライオリティを置くのは、作品、作曲家のチョイスです。自分が知らない曲はプログラムに入れられないので、聴いて、聴いて……とすごいリサーチ量ですよ。 プログラムが出来上がるまで、だいたい半年かかるでしょうか。同時に2021年のこととか、先の内容も進めていますよ。

――発掘した演奏家を招くのも喜びではないでしょうか。

長年、たくさんの音楽フェスティバルをオーガナイズしているので、大勢の著名音楽家の友達がいます。でも、若い音楽家を提案することも好きですね。かつて日本にも連れていきましたが、ネマニャ・ラドゥロヴィチはいまやすっかりスターになりました。今回のラ・フォル・ジュルネの素晴らしい驚き、それは若いチェロ奏者のアナスタシア・コベキナです。彼女、まだ20代半ばですが素晴らしいですよ。

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若きチェロ奏者のアナスタシア・コベキナ(写真中央)。東京でも今年初登場する。彼女が奏でるドヴォルザークのチェロ協奏曲は聴き逃せない。©Marc Roger

――今回のテーマ「ボヤージュ 旅から生まれた音楽(ものがたり)」は、昨年のテーマだった「モンド・ヌーヴォ 新しい世界へ」から生まれたのでしょうか。

特に20世紀には大勢の作曲家たちが政治的理由で亡命しています。亡命し、新しい世界へ。これはクラシック音楽の素晴らしいテーマでしたね。 ロシアを去ったラフマニノフやユダヤ人の作曲家たち……彼らは亡命先で素晴らしい音楽を残しました。このテーマを準備している中で、 亡命理由ではなく、ルネッサンスから現在に至るまで大勢の作曲家がたくさんの旅をしていることに気が付いたのです。

彼らの旅は、自らが選んだ旅ですね。他国の作曲家に会うために、他国の音楽を知りたくて……と。モーツァルトなどは父親と馬車に乗って、ドイツ、ベルギー、フランスなど4年間も旅を続け、パリではピアノやフルートのための協奏曲を多数作りました。ロシアの作曲家たちは皆イタリアへ、スペインへと出かけてゆきました。

チャイコフスキーはイタリアを旅して「イタリア奇想曲」を作り、リムスキー=コルサコフはスペインで奇想曲を……。それで思ったわけです。このテーマには素晴らしいことが山のようにあるぞ、とね。今回、旅に関係して生まれた曲を合計1,200曲、プログラムに組みました。

――このテーマで聴衆にいてもらいたいこと、発見してもらいたいことは何でしょうか。

音楽愛好家はこのテーマによって、旅することができるのです。シネマスコープのラ・フォル・ジュルネ(ハチャメチャな日)なんですよ。巨大なスクリーンに素晴らしい風景が見え、そこで民族ダンスが踊られ、民謡が歌われているといったイメージですね。作曲家は外国でその国特有のメロディ、リズム、楽器を発見します。たとえばポルトガルに行けばファドを耳にし、それをテーマに作曲をすることになるというように、それらが学術的音楽に影響を与えるのです。

――旅先で作られた音楽だということを、一般聴衆も理解できるものでしょうか。

それには秘訣があります。なぜこの作曲家がこれを作ったのか、といったことを知ることができる文章を僕は用意しました。解説付きのコンサートも用意しました。たとえばフランス人でジャン・クラという航海士の作曲家がいます。海上で人生を過ごし、船の中で作曲していたんです。そうした人の作品について、知ることもできるのですよ。

ラヴェルはあまり旅をした作曲家ではなく、「スペイン狂詩曲」も現地に行かずに作っています。でも、4カ月間アメリカの大都市をツアーした時に、ガーシュウィンに会い、ジャズを発見します。すっかりジャズのリズムに動転し、帰国してからジャズの影響が強く感じられるピアノ協奏曲を作りました。今回、この曲もプログラムに入れています。

ガーシュウィンはガーシュウィンで、パリに来ています。パリには20世紀最大の音楽教師であるナディア・ブーランジェがいて、フォンテーヌブローにアメリカン・コンセルヴァトワール(*)を開いていたんですね。そこに数え切れないほど大勢が、海外から学びに来ました。ガーシュウィン、バーンスタイン、フィリップ・グラス……アルゼンチンからはピアソラも。最後の生徒のひとりは先日亡くなったミシェル・ルグランです。19世紀末のパリには、スペインから大勢が学びに来ていました。

*コンセルヴァトワール:音楽や舞踊、演劇などの文化的価値を保持し教育する、フランスの公立機関。

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室内楽、オーケストラ……音楽が彩るナントの5日間。©Marc Roger

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――日本でのプログラムはナントのラ・フォル・ジュルネとまったく同じではないのですね。

はい。東京で初めてラ・フォル・ジュルネを開催するにあたり、その前の2年間、東京の人々の暮らしにおける音楽について、音楽学校についてなど可能なかぎり知りたくて、いろいろとリサーチをしたんです。それに日本の奏者たちを知ることにも時間をかけました。たとえば諏訪内晶子や庄司紗矢香は、日本ではスターでも、フランスでは知られていませんから。

日本の人々はクラシック音楽をよく聴きますね。世界中の有名なオーケストラが来日しているし、素晴らしいコンサート会場があります。でも、チケットが驚くほど高価なので、一般大衆はなかなか聴きに行くことができない。この人々に僕は興味があったのです。僕がベートーヴェンを知ってほしいのはこの一般大衆。それで日本では5月のゴールデンウィークにラ・フォル・ジュルネを開催しているのです。

これは素晴らしいアイデアでした。この時期、金銭的にゆとりのある人々は海外旅行に出かけています。日本に残っている、海外旅行に出られる余裕のない人々に向けて、ラ・フォル・ジュルネは存在しています。初回は50万人が来場し、そのうちの75%の人々にとってこれが初のクラシック音楽のコンサートだったそうです。日本の音楽コンサートのプロデューサーたちに、彼らの知らない別の聴衆がいることを教える結果となりました。僕と主催者は賭けに成功したのです。日本人はモーツァルトやベートーヴェンといった有名な作曲家をよく聴いているようですが、ラ・フォル・ジュルネのおかげでそれはそれはたくさんの作曲家を発見できるのですよ。

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シテ・デ・コングレ内のバーではキッシュ、サンドウィッチ、スイーツなどを販売。複数のコンサートを聴くために長い時間を過ごす人や、仕事の後に駆けつける人のお腹を満たしてくれる。photo:MARIKO OMURA

――最後にあなたご自身のクラシック音楽との出会いについて話してください。

庶民的な家庭に生まれたので、子どもの頃にクラシック音楽を聴く機会はありませんでした。小さな村に住んでいて、12歳の時にヘアサロンで売っていたドラムセットを手にいれて、パーカッションの稽古を始めたんです。ロックやジャズのグループで演奏したりして……。ジャズはチャールズ・ミンガスに魅了されていました。

ミンガスの死後に出版された本の中で、彼が入院中にトランジスタラジオでバルトークの音楽を聴いて、“これが自分がずっとやりたいと思っていた音楽だ”というくだりがあったのです。それはバルトークの弦楽四重奏。本を読んだ翌日、すぐに僕はレコード屋に買いに行きました。これが僕にとって初のクラシック音楽のレコードとなりました。

なかなか難解な曲で、なぜこれが好きになれたのだろうって思いました。後になってわかったのは、僕が好きなのはミンガスのようなフリージャズで、その自由なエスプリがバルトークに共通するものだったからなんですね。もしも僕がモーツァルトを最初に聴いていたら、クラシック音楽はパスしてしまっていたと思いますよ。バルトークに魅了された後、今度はベートーヴェンの弦楽四重奏を聴いて……こういった音楽はいかに存在するのだろうかと、コンセルヴァトワールで16歳の僕を受け入れてくれるクラスに登録し、音楽史、和声学、音楽理論……情熱を傾け、クラシック音楽について猛スピードでたくさんのことを学びました。

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シテ・デ・コングレの向かいのパン屋「La Boulangerie d’Honoré」は、音楽ファンの強い味方だ。この裏手の建物にもコンサート会場がひとつある。photo:MARIKO OMURA

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音楽が魔法の絨毯になるなんて!

ナントで開催された第25回ラ・フォル・ジュルネを少し紹介しよう。テーマはルネ・マルタン氏のインタビューでも語られているように、旅の手帳を意味する「Carnets de Voyage(カルネ・ドゥ・ヴォヤージュ)」。シテ・デ・コングレ内の各コンサートホールにマルコ・ポーロ、クリフトファー・コロンブス、キャプテン・クック、アレクサンドラ・ダヴィッド=ネールといった冒険家や探検家たちの名前を付け、来場者たちが音楽に身を委ねる前から旅へと誘う趣向だった。

昨年開催された第24回目のテーマは「モンド・ヌーヴォー 新しい世界へ」で、プログラムされたのは亡命先で生まれた音楽。作曲家にしてみれば亡命は旅といっても強いられたものである。そんなドラマに対して、今回スポットライトが当てられたのは、作曲家たちが自ら目を輝かせて出かけていった旅先でインスパイアされ、刺激を受けて生みだした名作ばかり。聴衆の気持ちを高揚させるポジティブ感がプログラムにあふれていた、といっていいのかもしれない。

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ラ・フォル・ジュルネはシテ・デ・コングレ近くの2カ所のホールでも開催される。かつてはビスケットブランド「LU(リュ)」の工場だった建物Le Lieu Uniqueもそのひとつ。離れた場所からも見えるタワーが目印だ。

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20世紀初頭の建築による、ビスケット工場とは思えない見事な装飾。photos:MARIKO OMURA

イタリアに滞在したロマン派の旅人であるリストは「巡礼の年 第2年『イタリア』」を残し、チェコの作曲家ドヴォルザークはアメリカの地で「新世界より」を作曲……会場で朝、イタリアの雰囲気に浸ったと思ったら、昼にはアメリカ大陸の旅をしているのだ。航海士で作曲家のジャン・クラによる交響組曲「航海日誌」では、船乗りの3つの当直時間を会場で座りながら体験。海に吹く強風、真っ暗な空の下を進む船、穏やかな波、空から差す明け方の白い光……オーケストラの音に耳をすますと、まるで映画を観ているように次々と風景が見えてくる。

こんな旅気分をより一層盛り上げたのは、ひとつのコンサート内で複数の土地を旅することができるオリジナル企画だろう。ルネ・マルタンはインタビュー内で“シルクロード”を例に挙げたが、これは中世の西洋と東洋が共鳴する素晴らしいプログラムだった。日本の津軽三味線や中国の擦弦楽器の二胡など、日頃は目にすることもない楽器の音に同時に触れられて、ナントの聴衆は大満足の様子だった。

東京でも“グランド・ツアー:ヨーロッパをめぐる旅”と題されてプログラム入りしている“ル・グラン・トゥール”は、 見聞を広めるべく欧州各地を旅するという18世紀の英国貴族の子弟の習わしを音楽で展開する企画。若者がフランス、イタリア、ドイツといった滞在先から英国の家族に書いた手紙が俳優により朗読され、バロック音楽でヨーロッパの旅路を辿るというドラマティックな趣向で展開した。聴衆を楽々18世紀の雰囲気へと導いたのはクラヴサン(チェンバロ)の音色。楽器の持つ力にも感心せずにはいられない企画だといえよう。

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中世の西洋と東洋を旅する“シルクロード。©Marc Roger

飛行機にも船にも乗ることなしに、音楽で世界を旅することができる多彩なプログラム。音楽を聴くことが、まるで自由に空を駆けめぐる魔法の絨毯に乗っているよう……。 シテ・デ・コングレの広いロビースペースに、女性が渡り鳥の背に乗ってバイオリンを奏でている巨大なポスターが掲げられていた。今回のラ・フォル・ジュルネで音楽を楽しんだ人々は、このビジュアルにおおいに共感できたに違いない。

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「ラ・フォル・ジュルネ 2019」のメインビジュアル。

この音楽の熱狂を、ゴールデンウィークには東京で体感できる。ぜひ公式サイトでプログラムをチェックして、気になるコンサートへ出かけてみてはいかがだろう。

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019
期間:2019年5月3日(金・祝)〜5日(日・祝)
会場:東京国際フォーラム
東京都千代田区丸の内3-5-1
www.lfj.jp

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réalisation:MARIKO OMURA

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