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古典的名作『ロシアより愛を込めて』と、シャンパーニュ・テタンジェ。

『007』を観たおかげで酒、時計、ファッションアイテムに携わる編集者になったと言っても過言ではない編集YKが、今回再上映が決定した10作品を徹底レビュー! 今回は映画第2作となった『007 / ロシアより愛を込めて』と、本作で重要なアイテムとなるシャンパーニュ、テタンジェについて語ります。

『007/ロシアより愛を込めて』(イギリス公開1963年10月10日/日本公開64年4月25日)

犯罪組織「スペクター」は、アメリカの月ロケット発射妨害計画を阻止した英国海外情報局の諜報員007=ジェームズ・ボンドへの復讐を決定。ソビエト情報局の美人情報員タチアナ・ロマノヴァと暗号解読機「レクター」を餌に、ボンドを"辱めて"殺害することでイギリス、ソ連の外交関係を悪化させ、さらにソ連から暗号機を強奪するという一石三鳥の計画を立案した。

実はスペクターの女性幹部「No.3」であるソ連特殊諜報部隊のローザ・クレッブ大佐は、真相を知らないタチアナに国家の任務であると告げ、暗号解読機を持ってイギリスに亡命すること、007を籠絡することを命令する。一方ボンドは、トルコ支局からタチアナ・ロマノヴァの亡命要請を受け取り、罠であることを感じながらイスタンブールへと降り立つ。そこは、世界中のスパイたちがお互いを監視し合う、国際情報戦の最前線だった。タチアナと出会い、情事を重ねるボンド。その情事はスペクターによって撮影されていた。

襲いくる殺し屋、ソ連当局の手を逃れて暗号解読機を手に入れたふたりは、オリエント急行に乗り込んで脱出を図る。しかし、その列車にはスペクターが放った最強の刺客、グラントが乗り込んでいた......。

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007"シリアス路線"の古典的名作

『007 / ドクター・ノオ』の大ヒットを受けて作成された本作は、第3作『ゴールドフィンガー』と並んで007シリーズの傑作と言われる作品である。前作で顕著だったSF色は鳴りをひそめ、硬派なストーリーラインで進行していく本作は「シリアス路線」を支持するファンからの評価が高いのだ。

前作では名前だけの登場だった悪の組織「スペクター」が再び登場。組織のトップNo.1から、お互いを数字で呼び合う世界のエリートたちが集う犯罪者集団だ。ボスであるNo.1を後ろ姿しか見せず、ここから第5作『007は二度死ぬ』まで謎の存在にしたままシリーズを続けられたのだから、当時いかに007の人気が高く、続編が期待されていたのかがわかる。

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FROM RUSSIA WITH LOVE © 1963 DANJAQ, LLC AND METRO-GOLDWYN-MAYER STUDIOS INC.

また本作は、オープニングテーマの前にスリリングなアヴァンタイトル、女性の身体をモチーフにしたオープニングムービー、007を苦しめる殺し屋的な強敵、備品係の「Q」から受け取った役に立たなそうな支給品、敵方として表れた女性スパイと恋に落ちる、などその後のシリーズで踏襲される多くのパターンが生み出された作品でもある。

イスタンブールの街並み、ロマの集落、ボスポラス海峡のクルーズ、オリエント急行の車内や駅、ヴェニスのゴンドラなど、画面を見ているだけでも旅情が味わえるだろう。『スペクター』ではレア・セドゥ演じるマドレーヌ・スワンとともに列車での旅をするシーンがあり、マドレーヌが纏う青いドレスも『ロシアより愛を込めて』へのオマージュが捧げられている。

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007とテタンジェ

拙稿『007 / ドクター・ノオ』で触れた通り、007では多くの酒が登場するが、その中でもトップクラスに認知度が高いのがウォッカマティーニ、そしてシャンパーニュだろう。食事シーンの少ない映画内でワインはなかなか登場させにくいのだが、シャンパーニュだけは別だ。ほとんど全ての作品内で、ボンドが口をつけなくても情事の前後、同僚や医師への贈り物、ルームサービスなど、さまざまな場面でシャンパーニュのボトルが画面に映り込み、映画に華を添えている。

『007 / ドクター・ノオ』で初登場したドン ペリニヨン、またロジャー・ムーア作品から現在まで007シリーズ最多登場を誇るボランジェはかなり有名だが、原作『カジノ・ロワイヤル』で初登場したシャンパーニュは意外なことにそのどちらでもない。作中、ホテル「ロワイヤル・レゾー」のカジノで行われるバカラの大勝負の前に、ボンドはヴェスパー・リンドとともにレストランへ食事に出かける。アペリティフによく冷えたウォッカをカラフェから注ぎながら、ワインリストをめくったボンドはソムリエに「テタンジェの45年は?」と聞く。ソムリエは「とてもいいワインです、ムッシュー。ですが、こちらのブラン・ド・ブランの43年は、他に類を見ません」と答えた。ボンドはヴェスパーに「このブランドはあまり知られていないんだけど、僕が思うに世界でも最も素晴らしいシャンパーニュだ」と告げる。

映画2作目となる『ロシアより愛を込めて』で、ボンドは任務に呼び出される前にガールフレンドとボート遊びに出かけているのだが、その際に紐にくくりつけたテタンジェ コント・ド・シャンパーニュを川につけて冷やしながらボトルの温度を確認し、「まだ早いな」とコメントしている。こんなシーンからも、原作者フレミングの「ワインは冷やし気味信仰」が窺い知れるようだ。任務中、タチアナとオリエント急行に乗ったボンドは、現地諜報員になりすました敵のグラントと食堂車に出かけ、舌平目のソテーにテタンジェのコント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブランを注文し、テーブルの上のボトルが映し出される。

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ブラン・ド・ブランは白ブドウであるシャルドネを100%使用した、この上ないエレガントな味わいのシャンパーニュだ。ここで気付くのは、ボンドがブラン・ド・ブランを選んでいる時は、女性が隣にいる時が多いということ。ユリのような華やかな香りに、まるで絹のような滑らかさを併せ持つテタンジェ コント・ド・シャンパーニュは、007が女性と飲みたいワインだったのかもしれない。ちなみに、原作『女王陛下の007』でも、ボンドは最愛の女性だったヴェスパー・リンドの墓参りを済ませた後に、ホテルでルームサービスにブラン・ド・ブランをオーダーしている。

さて、映画の登場シーンを見たテタンジェの2代目社長、クロード・テタンジェは、イアン・フレミングにお礼としてコント・ド・シャンパーニュ1ケースを贈ったという。それに対するフレミングの礼状は、いまも同社の貴賓室に飾られているのだとか。

「送っていただいたコント・ド・シャンパーニュをボンドと飲もうと思ったんですが、彼はいま日本で酒を楽しんでいるので、私がひとりで飲むことにします」

フレミングはちょうど、『007は二度死ぬ』の執筆に取り掛かっている時であった。

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