England's Dreaming

イギリスが誇る画家、ホックニーの肖像画展へ。

デイヴィッド・ホックニーはイギリスを代表する画家のひとり。そしてたぶんイギリスで最も愛されている画家のひとり。

そんな彼のエキシビション『デイヴィッド・ホックニー:ドローイング・フロム・ライフ』を観るために、ナショナル・ポートレイト・ギャラリーに出かけた(現在は新型コロナウイルス対策として閉館中)。

200317-IMG_6325.jpgナショナル・ポートレイト・ギャラリーはこの夏から改装のため、3年間の休館が決まっている。これはその前の最後のエキシビションとなっている。

ポートレイト・ギャラリーということで、今回の展示作品は肖像画限定。ホックニーのポートレイトと聞いて、即座に思い出す大好きな作品がふたつある。

ひとつは彼の両親を描いた『マイ・ペアレンツ』。もうひとつは60年代のイギリスで一世を風靡したファッションデザイナーのオジー・クラーク夫妻と愛猫を描いた『ミスター・アンド・ミセス・クラーク・アンド・パーシー』。(この2点は現在、どちらもテート・ギャラリーの所有となっているはず)

実は私は『マイ・ペアレンツ』のポストカードサイズのものを、長い間小さな額に入れて飾っていた。年老いた夫婦の姿がどこか私自身の両親に重なるものがあったから。そんなふうにホックニーの描く肖像は、私の琴線に触れてくる。日頃は忘れていた感情を思い起こさせてくれるのかもしれない。

そして今回のエキシビション。始まり方がちょっとユニークだった。展示スペースに入る前(つまりチケットを買っていない人も鑑賞できる場所)に、すでにホックニーの作品が。それは彼の両親と、ふたりの真ん中に置かれた鏡に画家自身が映った『マイ・ペアレンツ・アンド・ミー』だった。

200317-IMG_6327.jpg威厳を感じさせる父は、アマチュア・アーティストだったそう。優しそうな母はこの世代では珍しくベジタリアンだったとか。

私がかつて飾っていた『マイ・ペアレンツ』とはとてもよく似た構図ながらも、鏡があるのが大きな違い。

これも観る者を魅了する力に限りなくあふれていて、ホックニーの絵をもっと見たいなと思わせてくれる。エキシビションのチケットを持っていなかったら、ギャラリーのエントランスまでチケットを買うために速攻で戻ってしまうんじゃないだろうか。誘い込む展示のうまさに唸る(笑)。

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さて本編はホックニーの自画像からスタート。

200317-IMG_6335.jpg17歳の時の作品とは思えない達者さ。キャラクターあふれる髪型とメガネは、すでにこの頃から。

200317-IMG_6331.jpgこちらは19歳の時。上手すぎる。。。

その後は彼が繰り返し描いた人々の肖像を中心に展示が進む。

特に印象的だったのは、ホックニーの親友であり、60年代後半からずっと彼のミューズであり続けるセリア・バートウェルを描いた作品の数々だ。

200317-IMG_6350.jpg1971年の夏にともに訪れたホリデー先のフランス・カレナックで描かれたポートレイト

セリアはホックニーと同じ北イングランドの出身で、ふたりがロンドンを拠点とする以前からの友人同士だった。また彼女はテキスタイルデザイナーで、オジー・クラークの公私共のパートナーでもあり、オジーの服のテキスタイルも多く手がけている。

そう、文頭の『ミスター・アンド・ミセス・クラーク・パーシー』のミセス・クラークとは、実はセリア・バートウェルのこと。ちなみにホックニーはオジーとセリアの結婚式でベストマンを務めたとか。

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会場の壁にはホックニーのこんな言葉があった。

Celia has beautiful face. A very rare face with lots of things in it which appeal to me. To me she’s such a special person.
「セリアは美しい顔を持っている。私を魅了するたくさんの要素を持つ、類い稀なる顔だ。私にとって彼女は特別な人でもある」

70年代からホックニーが描き続けているセリアは、ときには真っすぐにこちらを見据えてポーズを決め、ときには寛ぎ、ときには天使のような寝顔ですやすやと眠っている。

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ホックニーの言葉の通り、彼がどんなに彼女に魅せられているのがよくわかる。このふたりの関係は、単なる画家とモデルではなく、コラボレーションをするふたりのクリエイターなのだろう。セリアが身に着けている彼女が手がけたファブリックデザインを、ホックニーが鮮明に紙面で再現している。ホックニーのセリアに対する限りないリスペクトも感じられる。

セリアのデザインは可憐で美しい。そして力強い。それはセリア自身でもあるんだなあと思う。

そして、ふたりの親密さを物語る作品も。

200317-IMG_6382.jpg手作りのメニューは、ホックニーがセリアらを招いてのディナーパーティの時のもの(どうしても手の影ができてしまい、お見苦しい写真で失礼)

200317-IMG_6386.jpgなんとホックニーはオジー・クラークとセリアのショーのインビテーションも手がけていた!(驚) そういえばホックニーはかつて故郷のヨークシャー地方の電話帳の表紙に作品を提供していたことでも知られている。バーバリーの元チーフ・クリエイティブ・オフィサーでヨークシャー出身のクリストファー・ベイリーも、子どもの頃に電話帳の絵でホックニーに親しんでいたと語っていた。

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もうひとり、私の心に特に残ったのはホックニーの母、ローラ・ホックニー。両親揃ったポートレイトとは違い、一人きりのものは夫を亡くして未亡人となった後に描かれたという。

母の寂しげな顔を、ホックニーはありのままに、彼女へのありったけの想いを込めて描いているのが痛いほどに伝わってくる。そこには悲しさとともに、限りなく澄んだ透明な美しさにあふれている。

200317-IMG_6340.jpgゴッホの有名な自画像を模すように、セピア色のインクで描かれた一枚。シンプルな線画なのに、彼女の気持ちがダイレクトに伝わってくるよう。

ホックニーが心から愛するふたりの女性たちを、奇しくもとても似た装いで描いていた作品も見つけた。

200317-IMG_6389.jpgドットプリントのシックなドレス姿のローラ。息子のリクエストに応じて、頻繁にモデルを務めていたという。

200317-IMG_6366.jpg同じくドットプリントの服を着たセリア。藤の椅子に座っているのもローラの肖像画と一緒。

かつてセリアはノッティングヒルに、小さいけれどもそれはそれは素敵なインテリアファブリックのショップを持っていた。またセリアのデザインを手にしたいなあと思いながらエキシビションを後にしてギャラリーショップに入ると、エクスクルーシブアイテムが。

200317-IMG_6418.jpg愛らしくエレガントなセリアがデザインしたファブリックで作られたポーチはここだけで手に入る。

200317-IMG_6421.jpg右はポケットミラー。ポーチの絵柄と同じ犬と猫の2バージョンがあり、迷った末、犬をチョイス。左の黄色いものがホックニー名言ピンバッジ。

ホックニーの言葉が書かれたピンバッジも購入。「I prefer living in colour」と書かれている。色に囲まれて暮らしたい、とでも訳すのかな。

心がざわざわするニュースがあふれるいまだからこそ、素晴らしい絵画や、胸に染み入る音楽、新たな世界に誘ってくれる映画など、たくさんの色や音色にあふれたものに触れながら、気持ちの高揚を忘れずに日々を過ごしていきたいと思う。

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坂本みゆき

在イギリスライター。憂鬱な雨も、寒くて暗い冬も、短い夏も。パンクな音楽も、エッジィなファッションも、ダークなアートも。脂っこいフィッシュ&チップスも、エレガントなアフタヌーンティーも。ただただ、いろんなイギリスが好き。

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