女性脚本家がドラマで描いてきた、時代時代の恋。 あのドラマの裏話も! 4人の名脚本家にインタビュー。 Vol.3坪田 文
Culture 2023.12.29
私たちの心をときめかせ、時に社会現象まで巻き起こしてきた日本の恋愛ドラマ。恋の物語はいかにして生まれ、どう変化したのか、第一線で活躍する女性脚本家4人に聞いた。
坪田 文|誰かを知りたい、触れたいと思うのは怖いけど美しい。そんな思いを描写できたら。
坪田文が脚本家になろうと決意した原体験は、彼女が育った岡山県にある。祖母が幼少期に連れていってくれた、劇団四季の舞台がそれだ。その小さな衝動が坪田を脚本家へと導いた。
「高校時代、先生に自分がやりたいことを切々と話したら、脚本家という職業を教えてもらいました。この仕事はドラマにおける設計図、空気感を作る作業だと思います」
坪田が書く恋愛ドラマにはいい意味で、境界線が存在しない。映画化、シーズン2放送と深夜ドラマとしては異例のヒット作となった「美しい彼」。この作品は男性同士の恋愛が表現されている。そして坪田がもともと原作のファンで、多忙ながら「少しの話数でも参加できたら」とプロデューサーに相談した「初恋、ざらり」。何かと話題に持ち上がったが、障害者と健常者の恋がテーマだ。
「個人的にものすごく影響された作品は『愛していると言ってくれ』でした。言葉ではなく、思いだけで愛し合う様子に感動して......。あの作品には恋愛ドラマの要素すべてが詰まっていると言っても過言ではない。何度も繰り返し見ています。若い頃は『なんで紘子(常盤貴子演じるヒロイン)はこんなにわがままなんだ!』と、テレビの前で思い切り憤慨していたけど、いまは気持ちがよくわかります(笑)。視聴する年代によって感想が変わることも、恋愛ドラマの醍醐味ですよね」
坪田は人の心を動かす強烈体験を作ろう、と上京。多くの作品に携わり、プライベートでは結婚もした。取り巻く環境が変わる中で、恋愛観に変化はあったのだろうか?
「少し変わったのかもしれません。お互いが歩み寄っても、100%の理解度には達しない関係性が恋愛だと思うようになりました。夫とはすごく仲がいいんですよ。でもお互いが何を考えているのかわからないことも多々あるし、夫婦だからといって強固な関係性であるとは限らないですよね。そういう感情を引き起こしてくれたのは『コウノドリ』の脚本を書いてからでしょうか。たくさんの取材に同行し、出産はハッピーなものだけではない、と30代になったばかりの私は初めて知りました。本来であれば話したくない、辛酸な体験を私に語ってくれるお母さんたちを見て『この気持ちにこたえたい』という思いが芽生えたんです」
恋愛ドラマの軸になるのは、事件性ではなく、あくまでも魂のぶつかり合いであると坪田は続ける。
「恋愛に"永遠"はないというのが、いつも念頭にあります。『美しい彼』で書いたテーマが近いのかもしれません。人の心に触れようとする行為は、正直怖いじゃないですか。それでも繋がり合おうとするのが恋愛ですよ。だからこそ、繋がった瞬間の尊さはかけがえのないものになるんです。でもね、ドラマを見ている人にうまい感想なんていらない。『おもしろい!』『もうエターナル!』だけでうれしいです」
愛の価値観の変遷を経て、坪田が視聴者に見せたいと願うのは、さまざまな思考をグラデーションのように魅せられる恋愛ドラマ。そこには勝敗や好悪による区分や、男女の対立は存在しない。
「いまの恋愛ドラマは難しさが生じます。恋愛にまったく興味がない人もいるけれど、かといって恋に夢中になっている人をドラマで否定したくない。そのかたわらにはひとりでいることが好きだという人もいますし。みなそれぞれにハッピーもアンハッピーもあると恋愛ドラマを通して伝えたい。これらをすべて内包するような作品はいますぐには作れないかもしれません。でもその時が来たら声をあげて、こういう前提や思いがあることを打ち出していきたいですね」
「美しい彼」(2021年、MBS・TBS系列) 高校生の平良一成(萩原利久)は吃音症の影響もあり友だちがいない。そんな一成を見下すのはクラスのカリスマ、清居奏(八木勇征)。ふたりの関係性がある日を境に近づいていく。
Blu-ray BOX ¥13,530 DVD BOX ¥9,900 発売元:「美しい彼」 製作委員会・ MBS 販売元:TCエンタテインメント ©「美しい彼」 製作委員会・MBS
軽度の知的障害のある上戸有紗(小野花梨)と健常者の岡村龍二(風間俊介)は職場恋愛でカップルに。大切に思い合いながらもさまざまな事件が。
「愛していると言ってくれ」(1995年、TBS系列)
画家で聴覚障害を持つ榊晃次(豊川悦司)と、女優の卵の水野紘子(常盤貴子)が出会い、紘子の片思いが実って恋人同士に。が、幸せなふたりに次々と予期せぬすれ違いが生じる。
DVD-BOX ¥25,080 製作著作・発売元: TBS 販売元:ポニーキャニオン
命と向き合う産婦人科医の鴻鳥サクラ(綾野剛)を中心に、出産現場を描く。人気漫画のドラマ化で、シーズン2も放送されるほど大人気に。
*「フィガロジャポン」2023年11月号より抜粋
text: Hisano Kobayashi illustration: Asami Hattori