Van Cleef & Arpels ロンドンで続くダンスの物語を紐解いて。ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル。
Culture 2025.03.31
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2024年秋に京都と埼玉で行われたダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペルによるフェスティバルは、次なる開催地のロンドンへ。コンテンポラリーダンスの祭典が紡ぐ新たなる物語を、注目のアーティストや作品の背景から紐解く。
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身体に交錯する現在、過去、未来。
振付で綴る社会へのメッセージ。
ダンス リフレクションズの掲げる創造の価値と響き合い、ヴァン クリーフ&アーペル ダンス&カルチャー プログラム ディレクターであるセルジュ・ローランは常に新しいダンスの地平を提案する。今回のロンドンでのフェスティバルでも、ダンスの慣習を覆し、私たちの生きる社会と身体の関係を問い直す作品がラインナップされた。
2024年10月の初来日公演が話題を呼んだ(ラ)オルドは、"ポスト・インターネットダンス"を標榜し、デジタルイメージに侵食される現代の身体のリアルをテーマにする3人のアーティスト・コレクティヴ。『Age of Content』は、ゲームや動画といった多様なデジタルコンテンツの中の身体性を振付のリソースとして、抑圧された集団の自由と欲望のドラマを描く極めてアクチュアルな作品だ。
『Age of Content』:フランスダンスの正統な系譜の外にいた(ラ)オルドの、マルセイユ国立バレエ団芸術監督就任は驚きとともに迎えられた。しかしダンサーを「身体の思想家」と呼び、現代社会の諸相に対峙するアプローチは、数年間で若い世代の世界的な支持を集めている。© Van Cleef & Arpels SA - 2023 - Alexandra Polina
ダンス界ではあまり知られていないふたりのアーティスト、シュー・リー・チェンとトントン・ホウウェンによる『Hagay Dreaming』は、台湾のタロコ族に語り継がれる狩人と性別のない精霊"Hagay"との邂逅の物語をレーザーが彩る舞台に展開する演劇的パフォーマンス。自然と共生する先住民族が作り上げた世界観が現代のテクノロジーと融合し、西洋的な二元論と異なる新たなビジョンを描き出す。
『Hagay Dreaming』:東台湾の原住民族の民謡や儀礼を継承するトントン・ホウウェンの台本を、台湾系アメリカ人アーティストのシュー・リー・チェンが演出する、"テクノファンタジアによる復活の劇"。先住民族の文化を基盤としてジェンダーや共同体の価値観を再考し、テクノロジーと知の営みを対話させる。© Van Cleef & Arpels SA - 2024 - Hsuan Lang Lin (林軒朗)
一方、コンテンポラリーダンス界の内部では、南アフリカを拠点とする振付家ロビン・オーリンが1990年代から西欧近代に批判的なまなざしを向けてきた。アパルトヘイト時代を生きた白人として社会の欺瞞を暴き出す姿勢も、歌やテキストを入れた振付も、オーリンの作品はヨーロッパのダンス作品の常識をラジカルに問い直してきた。今回の作品ではズールー族の伝統を汲む南アフリカのコンテンポラリーダンスカンパニー Moving into Dance Mophatongとコラボレーションし、1970年代の南アフリカの記憶を導きの糸として、ダンスが社会への抵抗と人生の喜びを迸らせる。
『We Wear Our Wheels With Pride』:作品の正式タイトルは『We Wear Our Wheels With Pride And Slap Your Street With Color... We Said "Bonjour" To Satan In 1820』。タイトル中の1820年は英国系移民が最初に到着した年である。シリアスな問題を扱う時も、振付家ロビン・オーリンは意外性に満ちた映像、魅力的なライブ音楽とダンスを掛け合わせ、視覚的な快楽と遊戯的な側面を忘れない。© Van Cleef & Arpels SA - 2022 - Jérôme Séron
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現代に蘇る、古典や大御所振付家による注目作。
先端的なダンスの紹介と同時に、英国ロイヤル・バレエ団と協働してジョージ・バランシン振付の3作品を上演するのも今回のフェスティバルの特色だ。チャイコフスキーの曲による『セレナーデ』(1935年)、ビゼーの同名曲に振り付けた『シンフォニー・イン C』(1947年)は、音楽を視覚化するバランシンのアブストラクト(抽象)バレエの代表的作品。対して『放蕩息子』(1929年)は聖書の物語を舞踊化したバランシン最初期の作品で、画家ジョルジュ・ルオーの美術も見どころだ。ニューヨークでバランシンとヴァン クリーフ&アーペルが出会い、『ジュエルズ』(1967年)が誕生する前の作品たちである。
『Serenade』:チャイコフスキーの弦楽セレナーデを視覚化する振付は、明確な物語を結ばず、謎めいた神秘の印象を観客の心に残す。クールなロマンティシズムの香りを放つ、ジョージ・バランシンのアブストラクトバレエの傑作のひとつ。© Van Cleef & Arpels SA - 2014 - ROH/Tristram Kenton
バレエから物語を排除し、舞踊の純粋性を追求したのがバランシンの功績だが、20世紀にはバレエ以外のダンスも物語性と抽象性、感情表現と形式美の両極間を行き来して展開する。非現実的な美の理想を追求するバレエに対して20世紀初頭から人間のリアルな感情と身体を表現するモダンダンスが発展し、これに対して世紀中盤のアメリカで感情表現を排し身体と音や空間の関係を純粋に追求するポストモダンダンスが生まれる。このポストモダンダンスの影響から、フランスで1970年代以降コンテンポラリーダンスが萌芽し、現在にいたる。
アメリカのポストモダンダンスを代表する振付家、マース・カニングハムとトリシャ・ブラウンもフェスティバルにプログラムされている。カニングハム振付『Beach Birds』(1991年)と『BIPED』(1999年)をリヨン・オペラ座バレエ団が上演し、NYのトリシャ・ブラウン・ダンス・カンパニーはブラウン振付『Working Title』(1985年)と現代のフランスの振付家ノエ・スーリエがブラウンにオマージュを捧げる『In the Fall』(2023年)を上演。20世紀のアメリカのポストモダンダンスと現代フランスのダンスの影響関係を観客にさり気なく示す。
『BIPED』:コンピューターソフトを用い、ダンサーとムーヴメントに同期する映像が詩的なダンスを織りなす。制作時のマース・カニングハムが79歳だったことに驚くが、この振付家は1970年代からビデオやコンピューターを積極的にダンスに組み入れ、表現の領域を拡張してきた。© Van Cleef & Arpels SA - 2024 - Agathe Poupeney
『Working Title』:ダンスをストイックなまでに研ぎ澄ますカニングハムに対し、『Working Title』は抽象的なムーヴメントの連なりから予期せぬエモーションが発露する、独特の抜け感が心地よい。「苔や泥、木を感じて夢中で森を駆け抜ける子ども時代の感覚」が作品の出発点だとトリシャ・ブラウンは語っている。© Van Cleef & Arpels SA - 2023 - Maria Baranova
『Giselle...』:ひとりの女性ダンサーがバレエの傑作『ジゼル』のストーリーを語り、踊る『Giselle...』はスイスの演劇作家・演出家のフランソワ・グレモーの作品。ロマン主義の影響を受け1841年に誕生した古典バレエへの現代的なアプローチが、19世紀と21世紀の批評的距離を準備する。© Van Cleef & Arpels SA - 2023 - Dorothée Thébert Filliger
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日本からロンドンへ、アーティストの新たな挑戦。
ダンス リフレクションズのサポートを受けて近年日本公演を果たした振付家も、今回のフェスティバルにプログラムされている。前述した(ラ)オルドのほかにも、昨年秋に日本で開催されたフェスティバルに登場したラシッド・ウランダンは『Outsider』を上演し、エクストリームスポーツのアスリートとジュネーブ大劇場バレエ団のコラボレーションによって天上へ向かう垂直性を志向してきたバレエの美学を再定義する。クリスチャン・リゾーは、ミニマルなインスタレーションの中で展開する旅のようなソロパフォーマンス『Sakinan Göze Çöp Batar(抉られるのは守っている方の目だ)』に亡命と憂鬱のモチーフを忍び込ませ、独自の余韻を響かせる。2024年春に埼玉と京都で『The Waves』を上演したノエ・スーリエも、2024年アヴィニョン演劇祭のために制作した『Close Up』を上演し、ポストモダンダンスの問題系を現代的に展開しつつ、映像と身体、音楽とムーヴメントの関係性に新たなアプローチを見せた。
『Outsider』:ラシッド・ウランダンは2024年に日本で上演した『Corps Extrêmes-身体の極限で』に続き、ハイライン(高所綱渡り)のアスリートとコラボレーション。"アウトサイダー"という概念は自己の中の他者性の発見も含意し、ダンスは個人と集団の関係、リスクと共生を浮き彫りにする。© Van Cleef & Arpels SA - 2023 - Gregory Batardon
『Close Up』:バッハの「フーガの技法」「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番」をアンサンブルが演奏する傍らで、6人のダンサーのオーガニックなムーヴメントが流れるように展開するノエ・スーリエの振付。リアルタイムの映像の使用によって舞台空間に実像と虚像が並置され、ふたつの時空の探究が行われる。© Van Cleef & Arpels SA - 2024 - Delphine Perrin
これらのすでに確立された振付家だけではなく、ダンス リフレクションズは若手にもチャンスを与えている。横浜で2023年に上演したソア・ラツィファンドリアナ、2024年に上演したジョルジュ・ラバットの作品もまたロンドンで再演されており、初期作品ならではの振付家の根源的な問いは上演を重ねることで深まっていく。
『SELF/UNNAMED』:モデルとしても活動するダンサー、ジョルジュ・ラバットが振り付け、踊るのは等身大の樹脂製の人形との"デュオ"。その名がマゾヒズムの語源となった19世紀の作家マゾッホの小説にインスパイアされ、自己同一性と支配と非支配の権力をめぐるダンスはスリリングで眼が離せない。© Van Cleef & Arpels SA - 2023 - David Le Borgne
『g r oo v e』:何もない舞台を観客が囲み、エレクトロとノイズのふたりのミュージシャンのライブが空間と身体を切り結び、刻々と景色を変える。振付家ソア・ラツィファンドリアナの生地マダガスカルのダンスの記憶、影響を受けたマディソンのステップやポッピンを引用しながら、空間にグルーヴを立ち上げていくプロセスが見事なソロ。© Van Cleef & Arpels SA - 2023 - Lara Gasparotto
場所を変え、世界の大都市で展開するダンス リフレクションズ フェスティバルは、創造、継承、教育の価値を多様な側面から表現し、アーティストにも観客にも振付の芸術と現代社会への新たな発見の視座を提供している。そしてダンスの旅はこれからも続くのだ。
text: Sae Okami