映画祭を支援。シャネルとシネマとビアリッツの素敵な関係。

Culture 2025.08.27

グランドメセナとしてパリ・オペラ座の発展を援助し、「les rendez vous littéraire rue Cambon(カンボン通りの「文学のランデブー」)」では読書会を定期的に開いて女性作家たちの作品を支援して......。文化面におけるシャネルの活動は声高に叫ぶことなく控えめでエレガントだが、とても活発だ。映画は?というと、メゾン内に映画関連部門が3年前に設けられたのだ。部門を代表するのはElsa Heizmann(エルザ・エズマン)。彼女はプレス担当を長く務める間にセレブリティとの関係を築き、セレブリティ部門を設置して女優たちや映画界との関係を発展させた功績の持ち主だ。映画への支援。それもまた文学、ダンス同様にガブリエル・シャネルの時代に始まり、メゾンのDNAに刻まれていることである。

「プレジデントのブルーノ・パブロスキーのサポートを得て、映画やセレブリティとの関係をこの部門を設けることで、より遠くへ行くことができると思ったのです。映画界との関係を強め、発展されることができると。シャネルは映画界のアーティストたちによって豊かにされ、彼らはシャネルの支援によって豊かになるという相互の関係。この部門の設立前、すでにシネマテークとパートナーシップも結んでいるんですよ。その契約を結んだ時に、周囲から"ああ、シャネルは誠実で真率だ。本当に映画を愛しているのだ"と言われました」

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シャネルで映画関連部門を担当するエルザ・エズマン。©Chanel

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ガブリエル・シャネルは1930年代に映画の衣装のために、クチュリエとしてハリウッドに招かれている。そして、1950年代以降はデルフィーヌ・セイリグやアンナ・カリーナ、といったヌーヴェルヴァーグの女優たちと関係を続け......。

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ガブリエル・シャネルと女優ロミー・シュナイダー(1962年)。カンボン通りのシャネルのアパルトマンにて。 ©CHANEL

「女優のロミー・シュナイダーは監督ルキノ・ヴィスコンティが連れてきたことから関係が始まりました。映画『シシー』のイメージが強い彼女が映画『ボッカチオ'70』に出るにあたり、彼女のルックを変えたい、ということからです。ヴィスコンティとガブリエル・シャネルは友だちでふたりの間には美しい友情がありました。カール・ラガーフェルドもとても映画を愛する人で、シャネル以前には映画の衣装デザインの仕事もしていました。またヴィルジニー・ヴィアールもそう。クシストフ・キェシロフスー監督の『トリコロール』でジュリエット・ビノシュの衣装デザインをしています。女優たちとの関係をシャネルに来る以前から築いていたんですよ。シャネルでの彼女のコレクションにも、映画からインスピレーションを得ていたものがいくつかありましたね。こうしたおかげで、私たちはいまも映画との関係という歴史を語ることができ、その歴史を続け、未来へと繋げていくことができるのです」

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パリのカンボン通り31番地のガブリエル・シャネルのアパルトマンでのワンシーン。ヌーヴェルヴァーグの恋人と呼ばれたジャンヌ・モローはシャネルのスーツを愛用していた。表紙は1962年、ロミー・シュナイダーと同じアパルトマンにて。オリエンタルな屏風を背景に。 ©Giancarlo BOTTI/GAMMA RAPHO

コスチュームについてのアーティスティックなコラボレーションや財政的支援など、支援の方法はさまざまだという。金銭的支援といってもプロデューサーとしてではなく、またコラボレーションといってもいろいろなタイプがあるそうだ。

「たとえばグレタ・ガーウィグの『バービー』はコスチュームだけのアーティスティックな支援です。クリストフ・オノレ監督の『Marcello Mio』の場合は、彼が映画に本人として出演するカトリーヌ・ドヌーヴにどうしてもシャネルを着せたいと、コンタクトがありました。彼は70年代に彼女がシャネル N°5のエジェリーだった時代がとても好きで、だからサンローランではなくシャネルでなければ、と。それでアーティスティックなコラボレーションがまずあって、さらにこの作品はカンヌ映画祭のコンペティション作品に選ばれたことから財政面での援助もすることになりました。というのも監督以下カンヌに大勢がゆくなど、多くの資金が必要となることなので......」

映画を支援するシャネルには、リクエストが限りなく舞い込んでくる。サポートを大切に思うものの、全てにこたえることは不可能。そこで判定が必要となる。基本的にメゾンのアンバサダトリスが関わるプロジェクトに絞っているそうだ。

「クリスティン・スチュワートが監督し、今年のカンヌ映画祭の「ある視点」部門に正式出品された初長編『The Chronology of Water』は財政的に支援しました。彼女が初めて監督した短編についても同様です。長編を撮りたいと以前から願っていた彼女には、その内容を知らなくても"私たちがついていますよ"と言ってありました。彼女はこの映画には自分は出演せず、監督に専念。こういう時にアンバサダトリスに寄り添うことは、とても大切なことなんです。受賞はしなかったけれど、とても興味深い作品。手を入れたものが年末に公開されます」

例外もある。今年のカンヌ国際映画祭のオフィシャルコンペティション部門に選ばれたリチャード・ランクレイター監督の『Nouvelle Vague』に、シャネルは協賛している。これはジャン=リュック・ゴダール監督が29歳の時に手がけた『勝手にしやがれ(A bout de soufle)』の撮影にかかった20日間を追ったモノクロ映画。『勝手にしやがれ』は1960年に公開され、映画界に革命を起こし、"ヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)"という潮流のきっかけとなった名作だ。

「この作品に協力することはシャネルにとって当然のことに思えたからです。"ヌーヴェル・ヴァーグ"というテーマ、シナリオ、継承、この映画が持つエネルギー......すぐに魅了されました。ゴダール監督の『勝手にしやがれ』の主演女優だったジーン・セバーグは映画の中ではないですが、私生活ではシャネルを着ていました。それで映画『Nouvelle Vague』でジーン・セバーグ役を演じた女優のゾーイ・ドゥイッチのために、シャネルはリボンのついたストライプのビュスティエ・ドレスをデザインしました」

これは『勝手にしやがれ』の撮影中のシーンではなく、ジーン・セバーグ本人としてゾーイが演じるシーン用。ガブリエル・シャネルが手がけた1956年春夏オートクチュールコレクションのデザインを再現したものだ。

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リチャード・リンクレイター監督『Nouvelle Vague』で、シャネルによる衣装を着たジーン・セバーグ役のゾーイ・ドゥイッチ。この作品では、ジュリエット・グレコ役で登場する女優のための衣装もシャネルが担当した。photography: jeanlouisfernandez ©Chanel

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ジャン=リュック・ゴダール役のGuillaume Marbeck(左)もジャン=ポール・ベルモンド役のAubry Dullin(右)もこの作品が初主演作。ジーン・セバーグ役のゾーイも含め、彼らのそっくりぶりも話題の映画だ。photography: jeanlouisfernandez ©Chanel

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有名なシャンゼリゼ大通りでの撮影シーンも登場する。photography: jeanlouisfernandez ©Chanel

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過去の名作の復刻版のサポートも、またこの部門の活動のひとつである。主演のデルフィーヌ・セイリグの衣装を担当した『去年マリエンバードで』や、ガブリエル・シャネルの友人だった監督ジャン・ルノワールの『ゲームの規則』、ロベール・ブレッソン監督の『ブローニュの森の貴婦人たち』......最近ではヴィム・ヴェンダース監督の『パリ・テキサス』も復刻をサポートした。

ヴェンダースは以前からシャネルが映画界にもたらしている活動に感嘆の気持ちを抱いていたそうで、その彼がある時「『パリ・テキサス』の修復のサポートが必要なんだ」と言ったのだ。

「この作品の上映時にシャネルは関わっていませんが、映画史において大変重要な作品です。そんな訳でこの修復を支援することにしました。修復された映画は昨年カンヌ映画祭で上映されましたね。こうして彼との間に関係が築かれ、ご夫妻でショーを見に来てくれたり......。彼と仕事をしたい、という気持ちが私に湧いたことから、中国・西湖でショーが開催された2024/25年のメティエダール・コレクションのティーザー動画を白紙依頼したんです。これは、先ほどお話ししたお互いに豊かにしあう相互関係のとても良い例ですね」

この映像について、誰と?と尋ねられて、監督は"フェスティバルなどですれ違ったことはあっても、まだ一度も仕事をしていない"、とティルダ・スウィントンの名前を挙げたそうだ。シャネルのこのプロジェクトはティルダにとってもヴェンダース監督と仕事をする機会となった。このようにシャネルによってアーティストたちが結びつき、そこから映画の新たなプロジェクトが生まれることもあるかもしれず......。

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2024/25年メティエダールコレクションのためのティーザー動画を撮影するヴィム・ヴェンダース監督。© Donata Wenders for CHANEL

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主演のティルダ・スウィントン、コロマンデルの屏風の前で。© Donata Wenders for CHANEL

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シャネルが支援するための全てのチェックリストを満たしていたというのが、ビアリッツの映画祭Nouvelles Vaguesだった。まず、ビアリッツという土地。シャネルが最初にブティックを開いた町で、ドーヴィル同様にメゾンの歴史において意味のある街だ。それに加えて、若者の物語、35歳以下の若い審査員......。

「若い人に発言させる、学生審査員が映画を選ぶというのは、私にとって、とても"シャネル"。このフェスティバルを支援するというのは、シャネルにとって疑う余地のないことでした。この6月に開催されたフェスティバルのオープニングセレモニーで壇上に並んだ若い審査員たちを見て、とても誇らしく思いました。このフェスティバルはまた、若い世代に伝えてゆくという継承面にも力を入れています。ほかと違ってNouvelles Vaguesはとても大胆なフェスティバルなんです」

フェスティバル開催中、ソフィア・コッポラも自身が映画家になる前の映像との関わりなどを若い世代に向けて語る場が設けられていた。また、オープニングセレモニーの翌日に行われた監督リチャード・リンクレイターとのQ&Aのセッションでは、20代の女優&監督Lucie Saadaによる映画『Nouvelle Vague』の新しいタイプのメイキングも上映されるなど、この映画祭はその使命を全うすべく、豊かなプログラムを用意している。

シャネルがメインパートナーを務めるおかげで、映画祭のファーストエディションにはゲストとしてシャネルのアンバサダーのペネロペ・クルスが出席。しっかりとしたコンセプトをもつ意欲的な映画祭とはいえ、初回から成功をおさめられたことに、これはおおいに貢献したに違いない。

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映画祭のテーマは若者の物語。第3回にはそのテーマを代表する名作であるソフィア・コッポラの『ヴァージン・スーサイズ』が上映された。©Chanel

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ビアリッツ映画祭Nouvelles Vaguesの第3回開催を祝ってグラン・パレのレストランで催されたディナーに集まった一部の審査員たち。左から、女優Mallory Wanecque、写真家Malick Bodian、映画監督Halfdan Ullmann Tondel、ジャーナリストSally、映画監督のLudovic & Zoran Bpukherma。@StephaneFeugerePhotography

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左:ビアリッツ映画祭Nouvelles Vaguesの共同創立者ジェローム・ピュリス(右)と総代のサンドリーヌ・ブラウア。第3回のクロージングセレモニーにて。 右:Louise Hémon監督『 L'Engloutie』第3回の審査員賞を受賞した。

最近では、ヴェネツィア国際映画祭で10年くらいに始まったビエンナーレ・カレッジ・シネマという新人監督育成プロジェクトのサポートをすべく、パートナーシップを結んだという。アフリカ大陸の若い監督の映画作りの支援もし、既報の通り是枝裕和監督からの依頼にこたえ、日本では若い監督の短編制作のためのマスタークラスTokyo Lightsをサポートしている。ルキノ・ヴィスコンティやロベール・ブレッソンといった若い監督にガブリエル・シャネルが手を差し伸べたように、エルザとそのチームはこれから現れる才能を支援するのだ。ポール・モラン著『L'Allure de Chanel』の中でも、「私はこれから起きることに参加したいと思っています」と語っているように、ガブリエル・シャネルの目は常に未来に向いていた。エルザは続ける。

「アンバサダトリスについてもそれは言えることなんですよ。彼女たちの中にはいまでこそビッグなセレブリティだけれどシャネルが声をかけた時には、まだそれほど有名ではなかった女優たちがいます。ヴィルジニー・ルドワイヤン、アナ・ムグラリスとか。Kポップのジェニーもそうですね。シャネルには明日の才能を支えたいという願望があるのです」

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映画祭第3回の開催記念ディナーにて。先輩格のヴィルジーニー・ルドワイヤン(左)とアナ・ジラルド(右)に囲まれた、若き映画監督のRamata-Toulaye Syと女優でシャネルのアンバサダトリスのRebecca Marder。

Biarritz Film Festival - NOUVELLES VAGUES
https://www.nouvelles-vagues.org/
@festivalnouvellesvagues

editing: Mariko Omura

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