今回の栄誉ゲストはソフィア・コッポラ。シャネルが支援するビアリッツ映画祭はとてもユニーク!
Culture 2025.08.27
ビアリッツ映画祭「Nouvelles Vagues(ヌーヴェル・ヴァーグ)」。そのサードエディションが、6月24日から29日にかけて開催された。まだ新しいフェスティバルなので、日本まであまり情報が届いていないのではないだろうか。メジャーパートナーをシャネルが務めている映画祭である。"新しい波"を意味するヌーヴェル・ヴァーグと命名されているのは、フェスティバルのテーマとして若者の物語を描く映画や、社会における若者の位置を問う映画をプレゼンすることによって、若い世代を語り、若者のビジョンを育むことを使命としていることからである。なかなかユニークで素敵な映画祭なのだ。
オープニングセレモニーが行われるLe théatre de la gare du midi。アール・ヌーヴォーのファサードが美しい。photography: Mariko Omura
6月24日、かつてのビアリッツ駅で現在はカルチャー・イベント会場となっているGare de Midi Atalayaにて、女優アナ・ジラルドがプレゼンテーターを務めてオープニングセレモニーが開催された。それに先立って上映された開幕作品はリチャード・リンクレイター監督の『Nouvelle Vague(ヌーヴェル・ヴァーグ)』。今年のカンヌ映画祭のオフィシャルコンペティション部門でプレミア上映された作品で、ジャン=リュック・ゴダール監督が初長編の『勝手にしやがれ』を撮影する1959年の舞台裏を描いたモノクロ映画だ。この作品はカンヌで大興奮を巻き起こし、フランスでは今秋の公開が待ち望まれている。
開幕作品はリチャード・リンクレイター監督の『Nouvelle Vague』。上映前、壇上に上がった監督、主演俳優、プロデューサーたち。©Chanel
サードエディションのレッドカーペットにはシャネルで装った華やかな映画関係者が。栄誉ゲストのソフィア・コッポラ。©Chanel
左:プレゼンテーターを務めた女優アナ・ジラルド。 右:ゲストの女優ヴィルジニー・ドワイヤン。©Chanel
左:カーラ・ブルーニ。 右:ゲストの女優マルー・ケビジ。©Chanel
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第3回の大きな話題であり、映画ファンを惹きつけたのはソフィア・コッポラの参加だった。彼女の監督作品『ヴァージン・スーサイズ』の公開25周年を記念し、栄誉ゲストとしてフェスティバルに招かれたのだ。6月25日には「Gazteria」(バスク語で"若さ"の意味)と命名されたセクションで、この伝説的な映画が上映され、映画の公開当時は子どもだったり、まだ生まれていなかったりという観客を魅了した。その後、ソフィア・コッポラのトークショーが開催され、最後に会場に集まった主に映画を学ぶ学生たちとの質疑応答の時間が設けられ......。Gazteriaというのは映画界ですでにキャリアを確立した人物を招き、若い世代への継承を目的としている。今回はキーラ・ナイトレイとヴァンサン・ラコストもこのセクションのゲストに招かれた。
ソフィア・コッポラの初監督作『ヴァージン・スーサイズ』は、まさにこの映画祭のテーマにぴったり。上映の後トークショーが開催され、彼女と映像との関係が語られた。©Chanel
女優キーラ・ナイトレイもGazteriaでトークショーを行った。©Chanel
ビアリッツで展開された華やぎと活気に溢れる6日間。期間中、コンペティション部門の長編8本、それと並行してコンペティション外の30本が上映された。このフェスティバルで上映される映画は若者の物語であれば作り手の年齢は問わないが、審査員は35歳以下と決められている。アーティスト公式審査員はプレジデントのノルウェーの映画監督Halfdan Ullmann Tøndelを含めて9名。そしてNouvelles Vaguesという映画祭らしく、フランス国内外で映画を学ぶ学生審査員が5名。ビアリッツが所在するバスク地方の文化イベントのサイト「Pass Culture(パス・キュルチュール)」が選んだフランス国内の18~20歳の審査員が8名。賞は7種あり、グランプリ、俳優賞、審査員賞の3つの賞は公式審査員が受賞作品・受賞者を決定する。学生審査員賞があり、パス・キュルチュール審査員賞があり、大衆賞があり、そして今年は新たにハイスクール生徒賞が加わった。
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創立者に聞くフェスティバル誕生の物語
第3回開催を祝ってグラン・パレの新しいレストランLe Grand Caféにてディナーが開催された。左から今回の審査員長で2024年間国際映画祭で新人監督賞を受賞したHalfdan Ullmann Tøndel、フェスティバル総代のSandrine Brauer、シャネルのグローバルファッション部門プレジデントのBruno Pavlovsky、ビアリッツ市長Maider Arosteguy、そしてフェスティバルの共同創立者&総裁のJérôme Pulis。
カンヌ、ベルリン、ヴェネツィアで開催されている歴史ある国際映画際に比べれば、2023年に初回開催というビアリッツ映画祭ヌーヴェル・ヴァーグはまだ赤ちゃんのような存在だけど、しっかりとした構造を持つ上質なフェスティバルである。若い世代にフォーカスした映画祭をビアリッツで開催する、という野心的かつ大胆なプロジェクトは、一体どのように生まれたのだろうか。映画祭の代表者&共同創立者のジェローム・ピュリスに誕生の経緯を聞いてみよう。
「国際的な文化的イベントをクリエイトしたいという僕の長年の夢がありました。僕はビアリッツ育ちで、母方はバスク人。だからこの地方には特別な愛情を抱いています。常々思っていたのは、ここには文化的な催しがないな、ということでした。でもこの時点では、まだ特に映画祭という考えはありませんでした」
2020年、コロナ禍が世界を席巻した後、どの世代よりも若者たちが大きな絶望感を抱えていると彼は感じていた。そんな時期のある晩、友人たちとのディナーの際に、どのように若い世代に手を差し伸べたらいいのか、という話になった。そこで、"映画のフェスティバルはどうだろうか?"となったのだ。それも世界中を探してもないユニークなテーマで、と。
彼はかつてラグジュアリー香水・化粧品の国際的なブランドでコミュニケーション・ディレクターを務めていた。「僕は16年務めた以前の仕事で、多くのスターたちとの仕事ゆえにロサンゼルスによく行きました。カンヌ映画祭でも、国際的なスターたちを迎えて......このように映画は僕のDNAにすっかり組み込まれてるんですね。それにもともと映画好きなんです。この食事の時に出た話が翌日から頭の中でぐるぐると回り、ある朝、35歳以下の人たちが指揮をとる映画祭というのはどうだろうか、というアイデアが浮かんだのです。35歳なら映画を学んだ後ですでに映画制作も経験していて、ある程度の成熟も備わっている年齢ということから、審査員チームを35歳以下に。若い人の声を聞きたいと心底願うことから、ほかに若い2つの審査員チームを設け、映画のセレクションは"若者の物語"とし、さらに今回のソフィア・コッポラのように知名度を得ている人を招いて、成功者が若い人たちに向けて経験を語り、アドバイスを与えるという"伝達・継承"と呼ぶセクションを設けて......」
左:フェスティバルの創立者ジェローム・ピュリス(右)とフェスティバル総代のSandrine Brauer。 右:第3回目の審査員長のHalfdan Ullmann Tøndel。©Chanel
35歳以下の審査員はセネガル出身の写真家Malick Bodian(左)、女優のAnamaria Vartolomei(右)、映画監督Ludovic&Zoran Boukherma、女優&歌手Sofia Calson、俳優Nicholas Galitzine、俳優Paul Kircher、ジャーナリストSally、女優Mallory Wanecque。©Chanel
彼はこのアイデアを持ってビアリッツ市長マイデール・アロステギに会いに行った。良い反応を示した彼女にこのプロジェクトを正式に提案すべく、彼は映画界で仕事をする知人たちに早速意見を求めることに。女優のアナ・ジラルドや配給会社であり映画館チェーンのMK2 グループのエリシャ・カルミッツ、映画界と強い絆を持つ「マダム・フィガロ」誌の編集長アンヌ=フロランス・シュミットなどだ。プロジェクトをまとめ上げた彼は市長に再会し、了承を得たのである。
「受け入れられた以上、もう後戻りはできません。ファーストエディションに取り掛かるしかなく、不安で夜もまんじりとできない半年を過ごすことに......。映画フェスティバルをNouvelles Vagues(ヌーヴェル・ヴァーグ)と命名したのは、若さということに加え、映画界にnouvelle vagueという流れがあったこと、そしてビアリッツが面する波打つ大西洋ということもあります」
パートナーにシャネルを、と思ったのはふたつのことからだという。ガブリエル・シャネルが初めてのブティックを開いたのがビアリッツで、メゾンの歴史にゆかりのある土地であること、そして彼女が生前映画の支援者だったこと。それでジェロームはシャネルのグローバルファッション部門プレジデントのブルーノ・パヴロスキーに連絡を取ることにしたのだ。といっても、知り合いということではなく、ふたりともビアリッツにウィークエンドハウスを持つことから、パリとの往復の列車ですれ違う事が何度かあったという程度の関係だったが。そのふたりが出会い、フェスティバルについてジェロームから話を聞いた彼は、このプロジェクトにおおいなる関心を抱き、メゾン内の映画関連部門担当者を紹介し......。かくしてシャネルはフェスティバルのメジャーパートナーとなったのだ。
「シャネルと仕事をするのは、大きな喜びです。フェスティバルをサポートし、映画界の若い世代を援助してくれます。彼らとは1年を通じて仕事を一緒にしていますが、とてもうまくいっています」
大西洋に面したビアリッツ。フランスではここからサーフィンが始まった。右手に見えるのがオテル・デュ・パレ。photography: Mariko Omura
2023年にファーストエディションが開催され、見事に成功を収めた。毎回クオリティを上げて行くのは容易ではなく、これが彼の苦労である。多くのパートナーの中には現在の経済危機の影響を受けている企業もあり提供される資金が減少という状況なので、こうした中でハイクオリティのフェスティバルを開催するのは難しいと語る。また"若者の物語"とテーマを絞っている中で良い映画を見つけること、35歳以下という年齢制限の中でふさわしい審査員候補を見いだすのも大変なことなのだ。とはいえ、設立者として3回目も成功させた喜びは大きい。
「フェスティバル中、上映館が満席なのを見て、とても誇らく思いましたね。これこそが成功のバロメーターですから。また最終日に2つの映画館で受賞作品を上映したのですが、どちらにも長い行列ができていました。こうした光景を目にするのは、本当にうれしい。最大の幸福感をもたらしてくれるのは、ビアリッツの街にフェスティバルが受け入れらたことです。街ですれ違う人たちからブラヴォーと声をかけられたり、次を楽しみにしいてる!と言ってもらえたり......」
第4回のハードルはまた一段高くなったと言っていいだろう。今回、新しかったことのひとつは、「海洋」をテーマにしたことだ。フェスティバルに先立って6月8日に世界海洋デーがあり、また9日から13日まではニースで2025年海洋会議が開かれた。フェスティバルも"出会い"と題されたコーナーで、AIと並んで「海洋」をテーマとしジャック・ぺランの『Oceans(オーシャンズ)』の上映を行い、討論会を開催したのだ。
「このテーマは毎回続けていこうと思います。ビアリッツの人々は世界で起きている海洋の状況についての意識がとても高く、それに新しい世代も環境問題には大きく関わっているので。僕たちのようなフェスティバルは大義を持つべきですね。その場合、海洋の保護がそれとなるでしょう」
フェスティバルのオープニングセレモニーでは、隣町サン・ジャン・ドゥ・リュズで1660年に創業されたマカロンの元祖と呼ばれるAdamのマカロンが来場者に配られた。photography: Mariko Omura
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まだ新しいフェスティバルなので、毎回新しい試みが色々となされるのだが、初回から力を入れているプログラムがある。それは映像教育プログラムで、フェスティバル期間中に限らず年間を通じての活動だという。対象は地元の小・中・高の生徒、大学生などで、映画の愛好、実践、議論、そして職業への道という4つの軸のためのプログラムを展開している。
「映画を見せ、制作を希望する人には指導をして......ビデオ制作のワークショップも開催していて、とてもうまくいっています。パートナーたちはこのプログラムも支援してくれているのです。これも大切なことですね」
2023年からフェスティバルを迎えるようになったビアリッツ市。街と映画の結びつきがますます強くなっていくのだろう。会場のひとつとなっている映画館Le Royalはアール・デコ建築の歴史ある美しい建物。老朽化が進んでいたのだが、買い取ったある映画人によって昨年美しく改装され、フェスティバルに集まる人々を迎えているのだ。ビアリッツというのはもともと国際的な街。もっともゴージャスなホテルのオテル・デュ・パレはナポレオン3世の皇妃ユージェニーのために建築され、彼女が海水浴を楽しむべく夏に滞在した建物である。この時代から、大勢の貴族たちが英国、ロシア、スペインといった海外からも集まりエレガントで洗練された別荘を建て、またアーティストやクチュリエたちからも愛された海浜リゾート地という歴史を持つビアリッツ。最近ではLAからここに移り住む映画関係者も少なくないそうだ。来年開催されるフェスティバルNouvelles Vaguesの第4回。それに合わせて、このシャネル所縁のエレガントな街ビアリッツで若者がテーマの映画三昧の滞在をしてみるのはどうだろうか。
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クロージングセレモニーでグランプリを発表する審査員。©Chanel
最後になったが、今回の受賞作と受賞者を以下に紹介しよう。中には、日本でもいつか上映される作品があるかもしれない。授与されるトロフィーはパリのエコール・ドゥ・ブール校の生徒がデザインし、シャネル傘下のle19MのメゾンダールのひとつであるDesrueが制作したものだ。
グランプリ:Harris Dickinson監督『Urchin 』
審査員賞:Louise Hémon監督『 L'Engloutie』
俳優賞:Manfredi Marini(Giovanni Giovanni監督『Diciannove』)
学生審査員賞:Fanny Ovesen監督『 Live a Little 』
大衆賞:Aurélien Peyre監督『L'Épreuve du Feu』
パス・キュルチュール賞:Fanny Ovesen監督『Live a Little』
ハイスクール生徒賞:Alexandra Makarová 監督『Perla』
パリのデザイン学校Ecole de Boulleの生徒によるデザインをシャネルのメゾンダールのひとつであるDesruesが制作したトロフィー。©BFF - Nouvelles Vagues
editing: Mariko Omura