自然派ワインの造り手を訪ねて。Vol.2 ロワールで育まれた、自然派のソーヴィニヨン・ブラン。

Gourmet 2019.11.29

アタッシェ・ドゥ・プレスとして活躍する鈴木純子が、ライフワークとして続けている自然派ワインの造り手訪問。彼らの言葉、そして愛情をかけて造るワインを紹介する連載「自然派ワインの造り手を訪ねて。」第1回に続き、今回もフランス・ロワールへ。ソーヴィニヨン・ブランのイメージを軽やかに覆すアレクサンドル・バンを訪ねる。


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Profil #02
○名前:アレクサンドル・バン Alexandre Bain
○地方:フランス・ロワール(プイィ・フュメ)
○ドメーヌ名:アレクサンドル・バン Alexandre Bain

アレクサンドル・バンとの出会い。

2007年にドメーヌを始めたアレクサンドルと出会ったのは、14年の初来日の時、惜しまれつつ閉業した自然派ワインと中華料理の店「楽記」でのワイン会で。

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Aという文字が印象的なアレクサンドルのワイン。それには理由が……。

初来日ですっかり日本食の虜になり、自分のワインにいちばん合うのは日本食だ!とうれしくも言ってくれるアレクサンドルのワインは、ソーヴィニヨン・ブランのイメージを心地よく裏切ってくれた。濃いめの色調に、綺麗な酸とハチミツやさまざまなハーブのニュアンスが両立する、まろやかな液体。

味わいもとても安定し、彼のワインが嫌いな人はきっと1%もいないだろう。特に印象的だったトップキュベ「マドモワゼル・エム(Mademoiselle M)」を飲んだ時、ジュラワインのようなテロワールを感じた。

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濃い色調が彼のワインであるサイン。完熟したソーヴィニヨン・ブランの色。2018年、収穫時のランチにて。右がアレクサンドル。

彼にそう伝えたところ「わかるよ、その気持ち」と。聞くとロワールのプイィ・フュメにある彼の畑は、中生代ジュラ紀後期の地層だそう。ああ!と腑に落ちるとともに、ぜひその畑を見たいと思ったのだった。
そこから彼との交流が始まり、はや5年目。いつ行っても新たな発見がある。

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大晦日の夜、アレクサンドル自邸で。友人と過ごすことが一般的なフランスの正月に、親友の醸造家、オーヴェルニュのヴァンソン・マリー(Domaine No Control)たちと夜更けまでお祝いFête)を楽しんだ。フランス人の夜は長い……。

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アレクサンドルのドメーヌを訪ねて。

サンセールからロワール川を渡り、プイィ・フュメの丘に向かう途中にある彼のドメーヌへの初訪問。目に飛び込んできたのは白馬!  大切なパートナー、フェノメン(Phenomen)。日本でいう道産子であろう、がっしりした体躯だ。

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ドメーヌに隣接する馬小屋とフェノメン。広大な平地のロワールの空は、対象物がないゆえかえって近く感じる。

そう、アレクサンドルはビオディナミ()の手法でブドウを栽培、畑仕事は馬とともに行っている。醸造においても完熟させたブドウを使い“その土地の真の味がする”ワイン造りを目指している。

*ビオディナミ:バイオダイナミックとも呼ばれる、自然派ワイン造りの手法のひとつ。人智学を提唱したルドルフ・シュタイナーの思想が基礎となっている。

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アレクサンドルの粋なはからいにより、フェノメンとともに畑へ。

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アレクサンドルの畑は下草が青々と生い茂る。いっぽうで効率化を重視した近代的な農業の畑には土が露出している。通り過ぎるたびに「No life!」とアレクサンドル。畑は真実を明らかにする。

畑の11ヘクタールの70%近くが1億3千年以上前の石灰質という、非常に珍しいテロワール。テロワールの違いを表現したい、と共通の品種ソーヴィニヨン・ブランで7種の土壌から7種のキュヴェを造り出している。
彼いわく、自身のドメーヌの特徴は
1. ビオディナミ
2. 畑作業に馬を使う
3. 手作業でブドウを収穫
4. 添加物をいっさい用いない
となる。

まるで彫刻家が石から像を“彫り出す”ように。そう、彼は“ブドウ”という絵筆を使い“テロワール”を描き分けているのだ。

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エル・ダンジュ(L. d’Ange)の畑。末っ子愛娘のルース(Luce)にちなんで名付けられた、ピンク色のキュヴェ。

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小石が混じる畑での作業は困難で、膨大な労力が必要。

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いたずら好きで愛らしい息子、ピエールの名のキュヴェも。彼のスタンダード・キュヴェ「ピエール・プレシューズ」の名は息子の名と、土が少なく石(仏語でPierre)の多い土壌であることから。

15年の訪問時、幸運なことに収穫時期に立ち会えた。完熟のブドウを手で収穫していく。

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「15年はグレートヴィンテージだよ」とうれしそうなアレクサンドル。

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完熟したソーヴィニヨン・ブラン。口に含むと甘くジュレ状でコンフィチュールのようだった。

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収穫したブドウはカゴに集められ、ドメーヌに運ばれすぐさま醸造作業に入る。

「純子、ご覧よ。完熟しているブドウの中に、未完熟の部分があるだろう? 反対に貴腐菌が付いているものも。これでいいんだ。未完熟なものはワインに酸を、貴腐菌が付いたものはアロマティックなニュアンスを与えてくれる。すべては自然なんだ」とアレクサンドル。収穫を体感できた瞬間だった。

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収穫終わりのひとコマ。収穫時はたくさんの人出が必要で、充実した一日の畑作業の疲れをワインで労わる。

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ひと目でアレクサンドルのワインとわかる、特徴的なエチケット。

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アレクサンドルの“目線”。

Aという文字が印象的なアレクサンドルのワインエチケット。自分の頭文字をエチケットにした理由を尋ねたところ「ふたつの意味がある。ひとつは自分にとってワインは作品、モネやマティスが自らの作品にサインをすることと同じさ。もうひとつはワインは飲みものでもあるから、選んでくれた大切な顧客へ、誰が造ったものかの説明責任のためだ」と。彼らしい回答。

彼ならではのエピソードをもうひとつ。
15年、フランスの認証機関「INAO」が、アレクサンドルからアペラシオン(産地名)「プイィ・フュメ」を名乗る資格を奪う“事件”が起きた。彼のワインはデンマークのNomaをはじめ世界中の星付きレストランで支持され、「テーブルワイン(Vin de Table)」としか表記されずともビジネス的にはノーデメリット。しかし彼は戦う選択をし、約2年後にアペラシオンを名乗る資格を勝ち取った。

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仏紙「Le Figaro」での報道。複数の誌面やテレビで彼のニュースは大きく報じられた。

「僕は戦うよ。誰かがやらないと世界は変わらないから。それに、ここ『プイィ・フュメ』のテロワールを最大限に表現するワイン造りを目指す自分の道が正しいと、声を上げたい」

彼が自然派ワインの造り手の中で少し異なる立ち位置にいるのは、この目線の高さだと思っている。よりよいワインの世界のために、ひいてはよりよい世の中のために自身にできることを考え、ロジカルに、かつパッションを持って行動する。

ある一日の終わり、彼がフランスではマヌーシュと呼ばれるジプシーの音楽をギターで弾いてくれた。

「ジプシーは東欧からアルザスへ、そしてパリへ放浪の旅をしてきた。彼らは家を持たず、その時々の環境にしなやかに強く向き合っていく。そう、自分たちヴィニュロン(醸造家)のようだ。だから彼らの音楽に深く共感するんだ!」と。

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大好きなジャンゴ・ラインハルトの曲をうれしそうに弾いていた。

「信頼と安定、情熱の人」、アレクサンドル・バン。彼の“ワインの旅”からはどんな光景が見えるのか。まだまだ道は続いている。

鈴木純子 Junko Suzuki
フリーのアタッシェ・ドゥ・プレスとして、食やワイン、プロダクト、商業施設などライフスタイル全般で、作り手の意思を感じられるブランドのブランディングやコミュニケーションを手がけている。自然派ワインを取り巻くヒト・コトに魅せられ、フランスを中心に生産者訪問をライフワークとして行ういっぽうで、ワイン講座やポップアップワインバー、レストランのワインリスト作りのサポートなどを行うことで、自然派ワインの魅力を伝えている。現在は渡仏し、造り手訪問中。詳しくはインスタグラムにて。
Instagram: @suzujun_ark

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大好きなヴァンナチュールが買える&飲める、ワイン好きの楽園。

photos : JUNKO SUZUKI

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