自然派ワインの造り手を訪ねて。Vol.5 フランス南西部で、自然派ワインの未来を描く青年。

Gourmet 2020.05.13

アタッシェ・ドゥ・プレスとして活躍する鈴木純子が、ライフワークとして続けている自然派ワインの造り手訪問。彼らの言葉、そして愛情をかけて造るワインを紹介する連載「自然派ワインの造り手を訪ねて。」。今回は、Vol.4に登場したババスが主催するワインサロンで出会った若き造り手、ジャン=ルイ・ピントのワイナリーへ。


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Profile #05
○名前:ジャン=ルイ・ピント Jean-Louis Pinto
○地方:ガイヤック(南西地方)
○ドメーヌ名:エスダキ Es d’aqui

ガレージワイナリー青年との出会い。

「物語る」という表現がある。せわしない日常のなかで忘れがちだけれど、造り手が込めた思いは“もの(=ワイン)”を通して伝わる、とあらためて実感したきっかけが、エスダキのジャン=ルイ・ピントのワインとの出合いだ。

彼のワインを初めて飲んだのは2016年。パリ9区のレストラン「ファッジオ・オステリア」のオーナー、ファビアンがブラインドテイスティングで出してきた、ジャン=ルイ・ピントのお嬢さんの名を冠したロゼ「パロマ(Paloma)」2014年だった。少し年を重ねたそれは、サクランボのような繊細な酸と旨味の絶妙なバランスのよさ。ジュラのワイン?と答え、ニヤリとされたのだった。その場にいた皆がエリアすら当てられなかった彼のワインだが、印象的な味わいとともにジャン=ルイの情熱がワインから確かに伝わってきた。

ドメーヌ名「エスダキ」の由来を聞くと “それは、ここから”の意。スタートの2010年当時、畑はおろか醸造所さえ持っていなかったジャン=ルイ青年は、それでもブドウが採れた土地のテロワールを世界へ訴えようとしていたのだ。

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「ファッジオ・オステリア」でのブラインドテイスティングにて。エスプリあふれる山本昌晃シェフのお料理は、渡仏時のお楽しみ。出会いのワイン、「パロマ」2014年は赤白のブドウ(カリニャン、ユニ・ブラン)をアッサンブラージュ(ブレンド)したロゼ。

畑を所有せず、ブドウを購入してワインを造る「ネゴシアン」としてワイン造りを10年からスタートさせたジャン=ルイ。“より畑のそばにいたい”と、当初の拠点だったフランス南西部ガイヤックからカルカッソンヌ近くのリムーに移り住んだ。

毎年、ガイヤックとリムー、そして南仏ラングドック・エリア(サン=シニアン、マルペール、アリエージュ、コルビエール、アディッサン、フォジェール)などの同じ生産者から、日々やりとりを重ねながらブドウを仕入れている。扱うブドウの種類はラングドックの伝統に準じて、グルナッシュ、カリニャン、モーザック、サンソー、コロンバール、ブラウコルなど。その年に応じて単一品種、またはアッサンブラージュしてワインを造っている。

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まだ少量生産ながらワインの評判は上々。パリでも勢いのあるレストランやビストロにオンリストされている。

そのジャン=ルイに会えたのは、前回紹介したワインサロン「アノニム」においてだった。彼のワインがどんなに印象的だったか、暑苦しく思いを伝える東洋人に苦笑しながらも、ポルトガルにルーツを持つ綺麗な青いブルーの瞳を輝かせながら、丁寧にワインの説明をしてくれた。なかなか行く機会のない南西地方のガイヤック。そのため年に一度、サロンでの付き合いのみが続いていたが、19年春に南仏を訪ねる機会があり、とうとう訪問できることになった。

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ジャン=ルイ。フランスはサロンでもきっちり休憩を取ることの多いお国柄だが、彼はランチも取らずに熱心に働いていることがほとんど。サロンにいると造り手の人柄や人間関係がよくわかる。

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ジャン=ルイを訪ねて、南西地方リムーへ。

ジャン=ルイとのやりとりから、3年越しの初訪問を歓迎してくれているのが伝わってきた。「ジュンコ、いつでも大丈夫だし、家族全員で楽しみに待っているし、ランチも用意する。何なら泊まっていってね」

言葉どおり、料理上手なジャン=ルイは大鍋いっぱいのカスレを用意してくれていた。自家製イノシシソーセージを使ったそれは、いままで食べた中でいちばんのおいしさ! 「料理は彼担当なのよ」と奥様のアンブル(Ambre)。実に羨ましい!

教科書がない自然派ワインの醸造は、経験や自身の感覚を頼りに決断する場面が多々ある。そのためか舌や鼻の感覚が研ぎ澄まされた、料理上手な造り手が多い。心優しくも用意してくれていた思い出のワイン「パロマ」の 2017年と合わせて、夢中でカトラリーを動かしながら、彼のワインがなぜおいしいのかを体感したひと時だった。

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フランス南西部の郷土料理であるカスレ。専用の土鍋で塩漬けの豚肉や鴨のコンフィ、腸詰め、白インゲン豆などの具材をじっくりと煮込んでいき、仕上げにオーブンで焼き色を付ける、時間と手間のかかる料理。

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「パロマ」のエチケットの絵は、いまは亡きお父様が、家族が集まった記念に描いてくれたものだそう。「これは前に住んでいた家なんだよ。ほら見て、パロマと犬のアシュカがいるでしょう」とジャン=ルイ。

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自宅地下のカーブへ。

食事の後、彼の案内で自宅地下のカーブへ向かう。
樽やステンレスタンク、ファイバータンク、アンフォラ(素焼きの瓶)がぎっしり並んだカーブは、コンパクトながら使い勝手がよさそうだ。

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醸造中の2019年のワインたちが並ぶ。

エスダキといえば、キュヴェ(*1)「オレンジ・モーザニック」。キューブリックの映画『時計じかけのオレンジ』(1971年)を模したエチケットが印象的な、モーザック(フランス南西部土着の白ブドウ品種)を使ったオレンジワイン。醸造中の2019年を試飲すると、ラフさが際立っていた以前よりエレガントな仕上がり。聞くと、以前は2カ月のロングマセラシオン(*2)だったが、今年はアンフォラで12日間だったとか。「このほうがテロワールも、モーザックの味わいも際立つでしょ」と。確かに!

*1 キュヴェ:さまざまな意味合いがあるが、“特別な”“ほかと区別された”といった特別感のあるワインの名に付けられることも。

*2 ロングマセラシオン:マセラシオンとは、ブドウの破砕後、しばらく果肉・種子などを果汁に浸漬しておくこと。それを長期間行うことで色味や渋味などがより抽出される。

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彼の思想は、エスダキの名が示すようにテロワールをスケッチするようなワイン造り。エチケットはそのブドウがどこから来たのかを示すため、地図をモチーフにすることが多い。

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「トラケオ」2015年。フォジェール産のグルナッシュ100%、30日間マセラシオン。

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「サンソリエル」2015年。サン=シニアン産のサンソー100%。こちらも30日間マセラシオンであり、いずれのキュヴェのブドウも、フローラルで柑橘やミントのような味わい。

ジャン=ルイはフレッシュなワインを好む。19年は暑い年にもかかわらずきっちり酸があり、量と質のバランスがよい。19年はグレートヴィンテージだよ!と彼も満足そう。

こうして造り手とともに数回にわたって試飲をすることほど、造り手自身の思想に触れられる体験はない。

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“ここから”続く未来を描く、リムーの自社畑。

そして、心踊る知らせがあった。自宅すぐ裏に4ヘクタールの土地を購入したという。ブドウを仕入れて醸造する「ネゴシアン」だった彼が、いよいよ自身の畑でブドウ栽培をスタートするのだ!

ジャン=ルイと奥様、子どもたち、愛犬と畑に向かう。カリケール(石灰岩)由来の白い岩肌が見える土地には、野生のタイムやラベンダー、たくさんの花々が咲き乱れていた。

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愛犬のエトワールは、いつも一緒だ。

「ジュンコはわかるだろう? フランスは何でも時間がかかる。ここにブドウを植えられるのは2020年からなんだよ。 ……だけどほらごらん、ここは北向きだろう。あっちは少し傾斜している。それぞれの区画に何を植えるかはもう決めているんだ」とうれしそうに案内してくれるジャン=ルイ。

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標高の高い場所に位置する彼の畑は起伏に富み、多様性がある。

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石灰質の土地。彼の好む、酸が感じられて骨格のあるワインが生まれるだろう。

数日前、ちょうどいまブドウを植えているところだ、と彼から便りがきた。

いよいよ未来が“ここから”始まるのだ。畑を手に入れた彼のワインが、よりよき方向に進むことをすでに確信し、うれしい気持ちになるとともに、彼の未来を見届けていきたい、とあらためて思っている。

「僕がワインに求めることは、何か光るものを持っていること。あまりにテクノロジーや化学的物質が介入すると、ワインからテロワールやブドウそのものの味わいが消えてしまう。もちろん、できるだけ介入を受けずに造られたワインが真価を発揮するには、時が必要だろう。2年、3年、5年、そして10年と時を経たワインは、驚くような輝きを放つワインに進化を遂げるんだ。そして……自然派ワインとは人生における冒険でもある。造り手とインポーター、ワインショップ、ソムリエ、愛好家など、立場に関係なくワインを通して繋がり、交歓することができる、素晴らしい液体なんだ」

そう語るジャン=ルイの畑に再び訪問する機会を、楽しみに待とうと思う。

鈴木純子 Junko Suzuki
フリーのアタッシェ・ドゥ・プレスとして、食やワイン、プロダクト、商業施設などライフスタイル全般で、作り手の意思を感じられるブランドのブランディングやコミュニケーションを手がけている。自然派ワインを取り巻くヒト・コトに魅せられ、フランスを中心に生産者訪問をライフワークとして行ういっぽうで、ワイン講座やポップアップワインバー、レストランのワインリスト作りのサポートなどを行うことで、自然派ワインの魅力を伝えている。
Instagram: @suzujun_ark

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photos et texte : JUNKO SUZUKI

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