「タトゥー除去」が世界的に大ブーム?
Lifestyle 2025.08.05
タトゥーの除去は痛いしお金もかかるが、世界的な需要の高まりを受けて市場が急成長している。クリーンさや新しい自分が求められる社会でいま何が起こっているのだろうか。
若気の至りだったから、あるいは2000年代に流行っていたトライバルデザインがいまではダサいから、はたまた過去を忘れたいから。タトゥー除去の動機はさまざまだ。photography: MoMo Productions / Getty Images
まずは36歳のグラフィックデザイナー、マルトの話を聞こう。「タトゥーを入れたのは18歳の時でした。摂食障害に苦しんでいて、"自分を信じて"とか"夢に向かって進め"といった希望のメッセージを肌に刻みたかったんです。10年かかって病気を克服したので、新しい自分になった記念にタトゥーを除去しようと思いました」。これは決して珍しい話ではない。ここ数年、タトゥー除去を受ける人は急増している。そのことは数字からも読み取れる。フランスでは人口の20%、つまり5人に1人がタトゥーをしている。2010年の10%から倍増しており、2024年にはフランス国内だけで2億7,000万ユーロ規模となることが見込まれる。市場の急成長に伴い、当然ながらタトゥー除去市場も拡大している。フランス国内に21施設を展開する美容外科・美容医療クリニックチェーン、「シャンゼリゼ・クリニック」によれば、世界的に見るとタトゥーのある人の23%が除去を望んでおり、年間で約1,000万人になるそうだ。タトゥー除去世界市場の2025年推定値は12億ユーロで、ヨーロッパ市場はその30%を占めている。
クリーンガールの時代
タトゥー除去を思い立つ動機はさまざまだ。若気の至りで入れたタトゥーを消したい、2000年代に流行ったトライバルデザインがダサく思えてきた、あるいは単純に忘れたい過去がある等々。ここ数年は米国でのTikTokトレンド、清潔で上品な"クリーンガール"の影響もある。このトレンドはトランプ政権下で勢いを増し、#cleangirlのハッシュタグがTikTokだけで7億回以上再生されている。クリーンガールの主力は裕福な環境で育った若い白人女性だ。自分の体のケアに気を使い、超健康的な暮らしを志向し、ミニマリストで自然な美しさが一番と思っている......その一方でメイクに何時間もかけることも、美容医療の助けを借りることも肯定している。"Less is more(少ない方が豊か)"であることを信じ、贅沢だけれど派手すぎない、洗練された美学を理想としているのだ。コンテンツクリエーターのマノン・デルクールは「タトゥー除去をする人が増えているのは、第二の肌のようなファンデーションと軽やかなチークやグロスを良しとするクリーンガールの美学と密接に結びついています」と言う。
Instagramフォロワーが12万6千人、TikTokフォロワー17万2千人がいる30歳のマノン・デルクールは最近のメイクトレンドを次のように語る。「ひと昔前はメイクに1時間以上かけ、メイクしたことがわかるように仕上げるのが普通でした。いまは同じように時間をかけているのに朝起きた時からこうだったと思わせる "すっぴん風"が主流です。同時に人々はタトゥーのない体で白紙の自分を求めているのです」。そしてクリーンガールの象徴的存在としてモデルでインフルエンサーのヘイリー・ビーバーの名前を挙げた。ヘイリーは最近、自分が立ち上げたコスメブランド、「Rhode(ロード)」を美容企業のe.l.f.ビューティーに売却し、10億ドルを手にしたばかり。フランスでも、政治的な背景は抜きにしたソフトバージョンではあるが、クリーンガールトレンドに共感する女性は多い。冒頭のマルトもそのひとり。「28歳の頃から生活習慣を改めるようになり、健康的な食生活に変えて運動も始めました。ジムで自分のスポーツブラからタトゥーがはみ出ているのを見るとだらしないし、いまの自分にそぐわないと感じるようになりました。ニュートラルな体に戻すことで心身ともに健やかであることを示したい。10年間も自分の一部だったタトゥーですが、タトゥーのない"ピュアな"体が美しいと思うようになりました」
変容の想像力
もう何年も前から体そのものがひとつのメディアとなり、ネットでさらされるようになっている。モンペリエのポール・ヴァレリー大学の社会学者ヴィンチェンツォ・ススカは「体がメッセージを表現して自分のライフスタイルを示する場所、公の作品のような存在となっています」と分析、「キャンバスとなった体からタトゥーを除去する人が増えたのは、デジタルカルチャーの影響もあるでしょう。PC上ではテキストをワンクリックで消せます。それが現実の世界にも影響しています。自分の体をデジタルのアバターであるかのように感じるようになっているのでしょう」と続けた。マノン・デルクールは、41個ある自分のタトゥーのいくつかを除去し、新しいタトゥーを入れた。タトゥー除去治療が普及したことによってマノンの考えも変わった。「以前は、タトゥーを入れる際にはなんらかの理由づけが必要だと思っていました。でもそんなに深く考えなくなりました」とマノンは心境の変化を語った。社会学者ヴィンチェンツォ・ススカは著作『Technomagie(テクノマジック)』(2024年、Éditions Liber刊)でこれを"変容の想像力"と呼ぶ。「かつては個別化の原則、個の確立が大事でしたが、いまではもっと流動的でノマド的なアイデンティティへと移行しています。それもデジタルカルチャーの影響なのです」。進歩し続ける巨大な美容ウェルネス産業に後押しされ、SNSにあおられながらも自己探求の旅は終わることがない。
新しい自分になるチャンスは幾らでもある。ラグジュアリー産業で広報プロジェクトマネージャーを務めるクレールがタトゥー除去に踏み切ったのも自分を変えたいからだった。「17歳の時、思いつきでタトゥーを入れて、すぐに後悔しました。その後コンサバなラグジュアリー業界で働くようになり、自分もミニマリストとなり、クラシックなエレガンスに惹かれるようになりました。タトゥーにはちょっとダサい印象があったりしますし、時代遅れのデザインならなおさらです」。見た目だけでなく、タトゥーを入れる、除去する行為にはカタルシス的な側面もある。47歳のセラピスト、カレンは人生が大変だった時期にタトゥーを入れた。「針の痛みが心の支えになりました。この時期を肌に焼き付ける必要を感じていたのかもしれません」とカレンは言う。肌に刻み込まれて日々目にしていたその思い出を消そうとタトゥー除去を始めたのは4年前のことだった。「発作的にタトゥーを入れ、発作的に除去を始めました。でも入れるよりもずっと長くて辛い!あまりにも痛くて、治療を1年間中断したぐらい。身体的な痛みだけでなく、心の痛みでもあります。自分の人生の一部を消しているのですから」と言う。発作的に始める点が、即時性と絶え間ない変化を求める現代社会に合致しているようにも思える。
新しいテクノロジー
過去をなかったことにしたいという気持ちは現代人特有のものに思えるが、タトゥー除去自体はいまに始まった話ではない。タトゥーと同時にタトゥー除去のニーズも生まれた。多くの専門家がタトゥーの歴史の始まりを5万年、あるいは10万年前にさかのぼると見ており、5500年前のミイラにもタトゥー跡が確認されている。タトゥーアーティストで仏「タトゥアージュ・マガジン」誌の発行人でもあるミカエル・ド・ポワシーがヨーロッパにおけるタトゥー史について語ってくれた。「タトゥーがヨーロッパに入ってきたのは時代がだいぶ経った1760年ごろで、ポリネシアから帰国した船乗りたちが持ち込みました。こうしたタトゥーは誇らしさの証でした。一方で恥ずかしいタトゥーもありました。1836年までは罪人や漕役刑囚、売春婦らの体に烙印を押していたからです。これらの者の多くは烙印を消す必要と欲求に駆られていました」。この時代から、そしてとりわけ犯罪者の身元記録にタトゥー(烙印)が記載されるようになってから、タトゥー除去の技術は進歩した。ミカエル・ド・ポワシーは著作『Tatouage : son histoire en France de 1800 à 1960(原題:1800年から1960年までのフランスにおけるタトゥーの歴史)』(Éditions du Seuil刊予定)を今秋フランスで発売する予定だが、この時代の除去技術についてこう語る。「よく行われていたのは上から塗りつぶすやり方です。ですが当時の医師たちが電気を用いてタトゥーを除去する方法について記した手紙も所有しています。皮膚を焼くために長い間使われていたのは、か性アルカリでした。確かに消えますが、跡は残ります。技術の進歩こそが、いまタトゥー除去が増えているひとつの要因です。レーザー技術は飛躍的に進化し、現在ではほとんど跡を残さずにタトゥーを除去できるようになっています」
皮膚科医でレーザー専門医のジャン=ミシェル・マゼールも「1998年、アメリカで新しいレーザーが登場しました。色素沈着やタトゥーを狙い撃ちできる技術で、これをきっかけに、眉毛や唇といった美容タトゥー以外の装飾的タトゥー除去の需要も増えてきたのです」と言う。フランス皮膚科レーザー学会の元会長でもあるジャン=ミシェル・マゼールはさらに「技術の進歩は特に"照射時間"に現れています。つまり、肌が熱にさらされる時間のことです」と続けた。かいつまんで言うと、レーザーは色素を細かく粉砕し、体外へ自然に排出させる。石を細かく砕いて粉塵にしてしまうようなものだ。照射時間が短いほど、レーザーの効果は高まる。ジャン=ミシェル・マザールは「除去におけるもうひとつの難関は"色"」であることも指摘した。「色によって波長が異なるため、3種類のレーザーを使い分けて可視光のスペクトル全体をカバーしています。色によって除去のしやすさも異なり、特に赤や紫は時間がかかります」
消すのは大変
取材に応じた医師、タトゥーアーティスト、患者が一致して言うこと、それはタトゥー除去は痛くて時間もお金もかかる治療だということだ。いったん治療を始めればもう後戻りは難しい。タトゥー除去のプロセスで元の絵が崩れてしまうからだ。必要な回数は、タトゥーの大きさ、深さ、古さ、色、皮膚の反応によって決まる。通常は6〜12回、6〜8週間ごとに行う。価格はタトゥーの大きさ次第、シャンゼリゼ・クリニックでは1回あたりの料金が小さなもので60ユーロ、大きなものが400ユーロだ。「入れるときは100ユーロ、消すときは1,000ユーロかかりましたね!」と34歳のアートディレクター、ジェレミーは笑いながら言った。16歳のとき、ファッションブランド「ザディグエヴォルテール」のロゴに羽根をデザインした幅12cm、高さ4cmのタトゥーを入れた。
「若かったし酒も飲んでいたしで、彼女のショーツのロゴを見て、入れちゃったんですよ。何年もそのままだったのですが、昨年、ファッション撮影でクライアントに見られてしまって...それはもう恥ずかしかったですね。それから10ヶ月間、毎月1回のペースで激痛に耐えながら除去を始めました。おかげですっかり消えました」。50歳の広報ディレクター、マチアスも同様の体験があり、4つのタトゥーのうち2つを除去中だ。「20代の頃、タトゥーショップのカタログから適当に選んで入れたものです。除去にはとても時間がかかります。想像していた以上です。2ヶ月おきに1回で最低10回は必要らしい。たかが5分で入れたタトゥーなのに。いずれにせよ電子タバコ販売業者がタトゥー除去に衣替えしたようないいかげんなレーザー施設には行きません。経験豊かな医師のいるちゃんとしたクリニックを選びました」
危険な違法行為
マチアスは正しい。フランスでレーザー機器を扱えるのは医師のみであり、助手やエステティシャンの施術は違法となる。だが医師によれば「除去に失敗した患者」が増えている。そうなると残ってしまった跡を治すことはとても難しい。照射量が不適切で効果が出ないのに何度も通わせる施設もある。『Mon tatouage et moi(原題:タトゥーと私)』(2024年Vuibert刊)の著作がある皮膚科医のニコラ・クルジェールによれば「レーザー照射に失敗するケースだけでなく、エステティシャンやタトゥーアーティストが化学薬品を使って除去するケースも増えており、火傷のような傷跡が残る危険性が高い」そうだ。
いいかげんな情報
問題の一因は、健康のプロではないインフルエンサーやエステティシャンらによる不正確な情報がインターネットにあふれていることだ。フランスでは米国と異なり、医師による直接広告は禁止されている。フランス公衆衛生法のR.4127-19条で「医療行為を商業行為としてはならない」とされているからだ。結果としてタトゥー除去をしたい人の多くが医者に行くよりもまずインターネットで調べ始める。シャンゼリゼ・クリニック・グループのトレイシー・コーエン=サヤグ会長によれば「過去1年間、検索エンジンで月間13万4,000件が検索され、これは過去3年間で5%の伸びです。ここ2年間に限ると22%も増加しています」とのこと。彼女は、タトゥー除去をめぐっていいかげんな情報が横行する現状に強い不満を抱いている。
「フランスでは、レーザー機器が医師の数以上に普及していますが、市場の拡大とともに医療スタッフがほとんどいない施設やきちんとした教育を受けていないスタッフが対応するケースも増えています。そして白衣を着ていれば患者は信用してしまうんです。この状況はなんとかすべきです」と言う。42歳のデザイナー、ココはタトゥー除去をしようと決めた。そして他の人同様、数々の魅力的な動画を送りつけるSNSの標的にされている。それらの動画ではレーザーをタトゥーに照射すると瞬時に消えるように見える。現実には数秒後、色素がまた浮かび上がってくるというのに。ココは古いタトゥーを今秋、ネットで見つけたセンターで除去しようと思っている。「育ったブルジョワの世界に対するプチ反抗でした。でもいまでは健康的な生活を送っているし、いまの自分に満足しているし、もうタトゥーは必要ないかなと思って」
セレブもタトゥーを除去する時代
セレブのなかで最も劇的な除去例は、アメリカの俳優でコメディアンのピート・デヴィッドソンのケースだ。キム・カーダシアンと交際をしていたことで有名な彼は2020年に200個余りのタトゥーの除去を開始し、費用は17万ユーロにのぼった。撮影時にタトゥーを隠すメイクに時間がかかりすぎるというのが除去に踏み切った理由のひとつだったが、実は心理的な理由もあった。タトゥーは本人が最も辛かった時代を思い出させるものだったのだ。俳優のマーク・ウォールバーグやコリン・ファレルも、タトゥー隠しのメイクに撮影前、時間が取られるのを避けるため、タトゥーを除去したとされている。オーストラリアの女優ルビー・ローズも、手などメイクでも隠すのが難しい部位のタトゥーを除去した。それがキャリアの障害になっていると感じたからだそうだ。
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text: Elvire Emptaz (madame.lefigaro.fr)