アール・デコ期の車両のように装飾に職人技の粋を集め、オリエント急行が2027年に蘇る。

Paris 2026.01.18

1925年にパリで半年間開催されて好評を博した現代産業装飾芸術国際博覧会(Exposition internationale des arts décoratifs et industriels modernes)の100周年を祝って、パリ装飾美術館で4月25日まで『1925-2025 Cent ans d'Art déco』展が開催され大勢を集めている。展覧会そのものの紹介は次回に譲ることにし、この展覧会の最後の章として美術館の吹き抜けの身廊で展開されている"オリエント・エクスプレス"について見てみることにしよう。

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2027年に走る車両の内装で、パリの装飾美術館に姿を現したオリエント・エクスプレス。photography: Mariko Omura

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マキシム・ダンジャックによる21世紀のスイート車両。リビングルームのような昼(写真左)と寝台が用意された夜。photography: ©Maxime d'Angeac & Martin Darzacq


アガサ・クリスティが実話からインスパイアされて書いたミステリー『オリエント急行の殺人』の舞台として知られる列車である。パリとイスタンブールを結ぶオリエント・エクスプレスを走らせていた会社は他のルートの列車も走らせていて、それらは第一次大戦後の1920年台に車両内がアール・デコ装飾に変わり、この時代のリュクスな旅のシンボル的存在だった。

展示会場で明かされるのは、2027年に蘇るオリエント・エクスプレス。スイートルーム車両、バー、レストランで構成されて56~60名を乗せて走るそうだ。このプロジェクトは2016年にポーランドとベラルーシの国境近くで、古い車両が見つかったことが発端である。オリエント・エクスプレスの歴史の始まりは19世紀に遡る。ベルギーで裕福な家庭に生まれたジョルジュ・ナゲルマケールスがアメリカ国内をプルマン社の贅沢な列車で横断した際に、ヨーロッパにもこんな列車があったら!と夢見たことだ。もっとも、その列車は贅沢だったものの、コンパートメントがないので眠るときは小さなカーテンを閉めるだけ、食堂車がないので食事のために停車して......という旅だった。ジョルジュはそうした不便を改良した真に贅沢な長距離列車をヨーロッパで走らせたい!と夢見て、資金集めに奔走。食堂車があり、快適に眠れる寝台があり、車内を自由に移動できて、という列車である。

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装飾美術館の展示。夢を掻き立てる美しい光沢の車両を眺めた後は、窓から中を覗いてみよう。食卓にはテーブルセッティングがなされ、左奥にはコンパクトにまとめられたシャワールームを見ることができる。photography: 左 Mariko Omura、右 "1925-2025: Cent ans d'Art déco" Musée des Arts décoratifs © Christophe Dellière

ナゲルマケールスは1876年にワゴン・リ社と略称される国際寝台車会社(CIWL/Compagnie internationale de wagon lit)を設立。その後、1884年に国際寝台車・ヨーロッパ大急行会社(CIWLT/Compagnie internationale des wagons-lits et des grands express europèens)と社名は変更された。会社のロゴにベルギー王国の紋章のライオンが描かれているのは、このプロジェクトのための最大の投資家がベルギー国王レオポルド2世だったことに由来している。

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2025年の秋にオーステルリッツ駅にて展示されたCIWLの車両。ゴールドのロゴにベルギーの国章を飾る一対のライオンが見て取れる。photography: Mariko Omura

列車の出発地点はパリ、最終地点としてトルコのイスタンブールが選ばれた。当時誰もが夢見ていたのが異国情緒あふれるオリエントだったからである。複数の異なる国を走るため、レールの幅の統一や各国の機関車の使用の事前許可といった多くの問題を解決し、初運行は1883年に行われた。この車両の装飾はその時代のスタイルを取り入れ、アールヌーボーである。最初はパリをでて、ミュンヘン、ウィーン、ブカレストを通過して最終地までという旅で、終点の地までレールが完成するのはその6年後の1889年。それによって、3,000kmの走行時間は81時間から67時間30分に短縮されることになるのだ。このパリとイスタンブールを結ぶ行程のオリエント急行の旅は1977年が最後となった。なおCIWLはオリエント急行だけでなく、パリと南フランスを結ぶ青列車(トラン・ブルー)、パリとアムステルダムをブリュッセル経由で結ぶ北極星号(エトワール・デュ・ノール)など他の道程の列車も走らせていた。

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装飾美術館では、CIWL社の列車のポスターやレストランのメニューなど歴史的ドキュメントを多数展示している。photography: Mariko Omura

今回の装飾美術館での展示のメインは、オリエント・エクスプレス社のアーティスティック・ディレクターを務める建築家でアール・デコ・スタイルに精通しているマキシム・ダンジャックが手がけ、2027年からヨーロッパのレール上を走ることになる新車両である。彼はアール・デコ期の列車にもたらされた当時最高のサヴォワールフェールにインスピレーションを得て、21世紀の列車を作りあげた。''リプロデュースではなくリインヴェントである''と、彼はその仕事を表現している。現代のメティエ・ダールとテクノロジーが叶えるリュクスで麗しい夢を、この会場でいち早く見ることができるのだ。

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左:展示会場の入り口。縦に吊るされた列車に迎えられる。 右:ブランド「オリエント・エクスプレス」のアーティスティック・ディレクターMaxim D'Angeac(マキシム・ダンジャック)。photography: 左 Mariko Omura、右 ©Franck Jure

展示会場の最初の驚きは、身廊の高い天井に向かって垂直に走るオリエント・エクスプレスのブルーの艶やかな車両に出迎えられることだ。この後、最初のスペースの左側では国際列車の歴史が語られ、右側では1920年代と新たに物語を紡ぐことになる車両の装飾、家具などを見せている。どちらもとてもモダンで美しい。時にどれが過去でどれが現在か、混乱してしまうほどだ。この展示ではマキシム・ダンジャンが抱くアール・デコの遺産へのオマージュ、そして過去を継承し未来に繋げる現代の職人たちへのリスペクトが感じられる。

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右は1920年代の列車で使われていた耳付き肘掛け椅子。シュザンヌ・ラリックがデザインした線路モチーフのファブリックで覆われている。その左の2脚は2027年からのバー車両、レストラン車両で用いられるマキシム・ダンジャックのデザイン。

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新しい車両のためのランプやグラスなど、マキシム・ダンジャックの世界が会場に広がる。photography: Mariko Omura

奥のスペースで待っているのは、パリ-イスタンブールと書かれたオリエント急行のワゴンだ。車両のいくつかの窓から好奇心いっぱいに中を覗くと、そこに広がるのは2027年に運行される列車のスイートルーム。長椅子、食卓、シャワー室......時間をかけて旅をするという現代の贅沢を快適に叶えてくれることが見て取れる。会場で最も人気を集めているのがこの展示だ。

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装飾美術館ではスイート車両および、長旅中にプライベート・ゾーンからソーシャル・ゾーンへと移動する廊下の様子も知ることができる。photography: Mariko Omura

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さらに会場内には3つの車内が再構築されている。2027年版オリエント・エクスプレスのバー車両、そしてレストラン車両。来年復活する21世紀の贅沢な列車の旅へと来場者の心は誘われる。この2つに挟まれて、アール・デコ期の列車内も再現されている。CIWLが1929年からパリとアムステルダムを結んだ「エトワール・デュ・ノール」号のファースト・クラスのサロン車両である。この内装を担当したのはアラン・モリソン。さらに、もうひとつの車内再現はCIWL社が1929年に始めたリュクスな寝台車「Lx」だ。こちらの内装はルネ・プルーで、コンパクトな化粧室を備え、ソファが夜にはベッドとなるコンパートメントは、狭いながらもなかなかシックである。この再現の脇に展示されているのは、ルネ・ラリックのモールディッド・ガラスのパネル「つぐみと葡萄」だ。これは1929年に運行を始めたコート・ダジュール・プルマン(青列車)のファーストクラスの車両の装飾の一部をなしていたもの。その詩情溢れるモチーフは時代を超え、いまもラリック社のクリスタルの品に生かされている。ルネ・ラリックの仕事はパリとイスタンブールを走るオリエント・エクスプレスの装飾にはもたらされていないが、青列車などCIWLの他の列車でそのサヴォワールフェールを発揮していたのだ。その際、彼の娘シュザンヌ=アビランドがテキスタイルを担当。レールや植物を様式化したモダーンなモチーフが、カーテンやカーペットに用いられていた。

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展示されているマキシム・ダンジャックによる新しいバー車両。照明器具や壁の装飾にも目を向けたい。photography: Mariko Omura

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展示されているマキシム・ジャンダックによる新しいレストラン車両。photography: Mariko Omura

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アラン・モリソンが内装を担当したCIWLのEtoile du Nordのサロン車両も展示。壁の寄木細工が見事だ。photography: Mariko Omura

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左:CIML社が1929年に始めたリュクスな寝台車「Lx」。内装を手がけたのはルネ・プルーだ。 右:コート・ダジュール・プルマン(青列車)のファーストクラスの車両を飾ったルネ・ラリックのモールデッドグラス「ブドウとツグミ」。photography: Mariko Omura

先にも述べたようにダンジャックが目指したのは、再現(リプロダクション)ではなく過去のエレメントにベースを置いた改革(リインヴェンション)である。美しい寄木細工など残されているものがあるが、20年代の高級家具師の仕事に変わる現代の職人技に彼は注目。その結果、例えば、刺繍が施された木のパネルといった素晴らしい現代のアルチザンによる装飾が車両にもたらされているのだ。シュザンヌ・ラリックによるテキスタイルのモチーフはインスピレーション源となり、新たにデザインされている。会場ではテーブルウエアも含め、この新車両の内装に関わった合計50近いアトリエやメゾンの仕事をパッチワーク的に紹介。小部屋では複数のショートフィルムが流され、"紙素材の石"など最高級の装飾作りに貢献した21世紀の職人仕事に触れられる。

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左:会場では新車両に用いられた素材や職人技を紹介。 右:アール・デコ期の寄木細工の代わりに、木にビーズを刺繍するという難題をダンジャックは職人に挑戦させた。photography: Mariko Omura

オリエント・エクスプレスというのは、かつてはCIWL社が走らせる列車のひとつの旅程だった。現在"1883年からの旅の職人"をうたうオリエント・エクスプレス社の名前であり、ブランド名である。列車の旅だけでなく、それに自社のホテルでの滞在やヨットでの移動を組み合わせた旅という21世紀のリュクスを提案するブランドだ。ちなみにホテルも船旅もCIWLTがすでに手がけていたことだというから、時間をかけた優雅な旅についてのジョージ・ナゲルマケールスの先見の明も復活というわけだ。この過去に再び輝きを!というオリエント・エクスプレスというブランドのこれからに、旅好きは目が離せなくなるだろう。

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左:2026年春にヴェニスに開業するホテルL'Orient Express Palazzo Dona Giovanelli。列車を降りて陸の宿泊を。 右:オリエント・エクスプレスのセイリングヨットL'Orient Express Corinthian号。列車から船に乗り継いで、旅は続く! photography: 右 ©Martin. Darzacq for Maxime D'Angeac

なお、装飾美術館での展示に先立ち、2025年9月21−22日の文化遺産の日では、オステルリッツ駅20番ホームにて修復された1920年代の車両がお披露目された。この2日間に列車内に入れる人数は限られていたため、申し込み開始と同時に予約完了となったそうだ。ホームには、Flèche d'or の車両4159、Etoile du Nord の車両4151, Train Bleu のサロンバー車両4160、Taurusの車両2976、Riviera et natolieのレストラン車両29791&2869の6台編成の列車が駅に登場。どの車両も1920年代にサヴォワール・フェールを駆使したアール・デコ様式の内装が魅力である。当時の最高の職人仕事の凝縮が、新しいオリエント・エクスプレスの大いなるインスピレーション源となったもの納得できる。

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2025年の文化遺産の日にオーステルリッツ駅で公開された主に1920年代の車両。photography: ©Lola Hakimian

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この時代に多くの車両の内装を手がけたのはルネ・プルー。彼と組んでルネ・ラリックは鳥、植物、女性をモチーフにしたモールディッドガラスの装飾をクリエイトし、また彼の娘のシュザンヌ・ラリック・アビランドはテキスタイルデザイン、そして食器のデザインを行なった。

『1925-2025 Cent ans d'Art déco』展
開催中〜4月26日
Le Musée des arts décoratifs
107, rue de Rivoli
75001 Paris
開)11:00〜18:00(火、水、金~日)、11:00~20:00(木)
休)月
料)15ユーロ
https://madparis.fr/

editing: Mariko Omura

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