詩人で映像作家ジョナス・メカスの故郷、リトアニアのビルジャイへ。

写真家の在本彌生が世界中を旅して、そこで出会った人々の暮らしや営み、町の風景を写真とエッセイで綴る連載。今回はリトアニア・ビルジャイの旅。

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ビルジャイは水が豊かで、街の真ん中に透き通る水を湛えた湖と川が流れる。いつまでも沈まぬ夕日が描く空がなんと美しいこと。セメニシュケイから戻った時、ビリニュスに帰るバスはもうなかった。一泊することになり、なんと部屋までもティーショップの夫婦に借りたのだった。この時は人の親切が身に沁みて心から感謝した。メカスが導いてくれたリトアニアの思い出だ。 

メカスの故郷は遠かった。

vol.29 @ リトアニア・ビルジャイ

明後日には帰国しなければならないが、行かないと後悔する......午前中の撮影を終えてすぐ、思いたって首都のビリニュスから長距離バスに飛び乗った。詩人で映像作家のジョナス・メカスの故郷セメニシュケイを見ておきたかったのだ。そこには日のあるうちに辿り着ければよかったが、その手前にある長距離バスが停まるビルジャイまで3本のバスを乗り継がなければならない。それもよし、車内と車窓を眺める時間はたっぷりある、そう腹を括った。移動の間、人々が待合所で過ごす様子や、車窓を楽しく眺めた。夕刻、やっとビルジャイに着いたが、その先20キロメートルのセメニシュケイまで、さてどうやって行こうか。情報収集すべく入ったティーショップの店番をしていた青年に行き方を尋ねると「それなら僕が連れていくよ、僕も行ってみたいし。妻にも声をかけるからちょっと待って」と言う。いま会ったばかりの人にそこまでしてもらっていいの?と思いつつ、この規模の街ですぐにタクシーなど捕まえられそうにないので、ありがたくオファーに乗った。親切で気さくな若夫婦のおかげで念願のセメニシュケイに辿り着き、彼らと一緒に小さな探検隊を組んで、メカスがナチスから逃れてこの街を去るまで住んだ家の跡や、彼の墓を参った。あたりには誰もいなくて黄金の麦畑が広がっていた。メカスが住んでいた頃とほぼ変わらないであろう、平穏な田舎そのものだ。こんなところにまでナチスは来たのか......そう思うと空恐ろしく、怒りが込み上げ胸が苦しくなった。

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湖の袂のしゃれたカフェにはメカスの詩をデザインしたシャツが展示されていた。詩集『森の中で』の中で読んだ言葉を思い出した。メカスの言葉は近くにある自然と人の心とともにある。メカスの映像作品は私がリトアニアに関心を寄せるきっかけになったが、いまはメカスは「伝わる言葉」を持った人だとも感じる。
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ビルジャイ城の周りを散歩していたら見つけた木。リトアニアとウクライナの国旗のリボン。

『森の中で』
ジョナス・メカス著 村田郁夫訳
書肆山田刊
¥2,136

*「フィガロジャポン」2025年7月号より抜粋

photography & text: Yayoi Arimoto

Yayoi Arimoto
東京生まれ、写真家。アリタリア航空で乗務員として勤務する中で写真と出会う。2006年よりフリーランスの写真家として本格的に活動を開始。

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