美味なるドライハーブティーの故郷を訪ね、リトアニアのアニクシャイへ。
在本彌生の、眼に翼。 2025.09.06
写真家の在本彌生が世界中を旅して、そこで出会った人々の暮らしや営み、町の風景を写真とエッセイで綴る連載。今回はリトアニア・アニクシャイの旅。

野原へハーブを摘みに行く。
vol.32 @ リトアニア・アニクシャイ
ビリニュスから北へ車で約1時間半、森と水に恵まれたアニクシャイに薬草師ラムーナスの工房がある。一昨年秋にそこで淹れていただいたドライハーブティーのおいしさに衝撃を受けた。口内に野原が広がるようだった。ほのかな苦味、甘味、スパイスとは異なる類いの繊細な清涼感に味覚が覚醒した。こんな上等な薬草をどう育てているの? そう質問すると「河原で摘んでくるんですよ」とラムーナスは答えた。薬草は正真正銘の天然物、野生育ちだった。リトアニアでは自然享受権により、森の薬草やベリーやキノコを採取することを誰もが認められている。そう聞いて私は次の時期、収穫に同行させてほしいとラムーナスにお願いした。この薬草が伸びやかに生い茂る様子を想像し、その光景に遭遇したくなった。
夏の始まり、私は彼を再び訪ね、アニクシャイの森と河原での薬草摘みに同行した。カゴを脇に抱え、脱いだキャンバスシューズを肩に掛けて、ラムーナスは森の中を早足で歩いていく。森が開けるとキラキラ光る川が流れていた。そのまた先には野原が広がっていて白や黄色や紫色の花が自由に咲き乱れていた。「これは肝臓に効く」「これは切り傷の治りをよくする」、私に説明をしながら丁寧に薬草を摘み、カゴがいっぱいになると車に戻りと3往復、汗だくになり収穫は終わった。
街に帰る時、さっき摘んだばかりの小さな紫色の花をつけたタイムをお土産にと持たせてくれた。宿に戻って部屋の中でそれを広げると野原が蘇った。


在本彌生著 アノニマスタジオ刊 ¥5,500
*「フィガロジャポン」2025年10月号より抜粋
photography & text: Yayoi Arimoto