「選択権は自分にある」。駐在帯同で感じた「モヤモヤ」から生まれた、新しい働き方。
Society & Business 2025.10.10
日本各地で身の回りや地域の社会課題解決に向け、起業にチャレンジする女性たちを支援しようと、2024年から始まったユニコーン創出支援事業(女性アントレプレナーのための地域密着型支援事業)の「GIRAFFES JAPAN」。経済産業省が主導し、全国8地域で展開するこのプログラムでは、ネットワーキングイベントやビジネスプラン発表会などをとおして、さまざまな女性起業家たちが、高い視座で未来を見ながらともににビジネスを展開していくコミュニティを形成している。
今回は「GIRAFFES JAPAN」の中から、フィガロジャポンBusiness with Attitude(BWA)が注目する女性起業家のキャリアの背景にある物語を紹介。
バリキャリから駐妻へーー激変から生まれた、日本の働き方への疑問。
2024年のGIRAFFES JAPAN関東地域のビジネスプラン発表会、RED TOKYOにて、ファイナリストに選ばれた室田美鈴。もともと商社で働く"バリキャリ"だったが、夫の海外赴任への帯同をきっかけに、日本の働き方に多様性を生み出したいと起業。DE&I*を推進するサービス「ダイバーシティのすすめ」を立ち上げた。
*ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)。多様性、公平性、包摂性を表し、多様な人々が能力を発揮できる働き方を目指す考え方。

新卒で大手商社に入社し、当時から働き方にモヤモヤを感じていたという室田。「入社後、6年ほどは朝8時から夜10時まで仕事をして、その後飲みに行くような生活を続けていました。周囲は男性ばかりでしたが、総合職として働く以上、これが当たり前。ほかに選択肢なんてないと思っていました」と当時を振り返る。
その後、大企業向けの業務改善や新規事業戦略立案などのプロジュエクトを担うコンサル会社へ転職。機を同じくして最初の会社の同僚と結婚した。すると翌年、夫のブラジル駐在が決まり、帯同することになる。
「はじめはあまり深く考えずに帯同を決めたのですが、実際現地に暮らしてみると、時間は有り余るほどあるのにやれることがあまりない。妻が働くことを禁止しているケースも多く、働けたとしてもいつ帰国するのか分からない状況。友達すら自分で選ぶことが難しい。自己決定権が奪われているという感覚は、多くの駐妻が抱えていると思います」
何より辛かったのは夫の稼ぎだけで生活しているという現実だった。「何もせずに夫から養われている状況に違和感を持ちました。女性はそういうものだ、という日本社会の暗黙のルールみたいなものを感じました」
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日本企業に根付く固定化された働き方を身をもって感じた室田は、自分の思いをインスタグラムに投稿し始めた。「こういう話題は友達とも話しにくかったんですが、SNSに投稿すると共感してくれる知人もいて、いままで以上に仲が深まりました」
室田が始めたInstagramのアカウント、ダイバーシティのすすめ(@diversity_susume)。書評から始まり、働き方や多様性についてさまざまな情報を発信している。
自身の体験とともに室田が発信したテーマは、ダイバーシティ&インクルージョン。男女差別だけでなく障がい者や性的マイノリティなど多様な立場から課題提起を行った。並行してフリーランスとしてリモートで日本企業の人事コンサルに関わる仕事をしたり、NPO法人ジェンダーイコールの活動にも参加。本格的に仕事をする素地が固まったのを感じ、帰国を決意する。
帰国したらすぐにDE&Iに力を入れている会社へ就職できるよう準備を進めていた室田だったが、このタイミングで妊娠が判明。就職して半年後に育休を取ることを考えると二の足を踏んだ。「悩んでいたところ、就職する予定だった会社の社長さんから、出産が落ち着いたらひとりでやってみないかとご提案いただいたんです。それで出産までの期間、起業へ向けて準備をすることができました」
一方で夫は育児をすることに対して前向きで、出産に合わせて本帰国を早めることを選択し、9カ月間の育休を取得。ふたりで家事と育児を分担しながら。起業までの期間を乗り切った。
「ブラジルにいた頃も、夫には自分の考えをなるべく伝えるようにしていました。『私の経済的自立を奪っているという感覚はある?』『今後、ずっと健康で働き続けて、私と子どもを養う覚悟はある? あなたが倒れたら私生きていけなくなるよ』など。自分の意見はしっかり伝えないと、いつまでたっても相手は気付いてくれません。言いにくいことやもやもやしたことは、意識的に言葉にするようにしています」

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自分の居場所を見つけるために。
こうして24年3月、室田はColorida Styleを起業し「ダイバーシティのすすめ」を立ち上げた。ダイバーシティ&インクルージョンを軸に企業で働く女性や外国人にインタビューを行い、その結果をマネージャー向けにフィードバック。その内容をもとに研修や自治体のセミナーに登壇したり、制度改定や人事制度改定に関わったり、個人を対象とした働き方に関するコーチングをしたりと、その業務内容は多岐にわたる。

「会社自体は好きだけど、大なり小なりもやもやを感じている人は少なくありません。しかし自分には環境を変えることができず、結局は転職を選択するしかないといった人は多いと思います。こういった状況は会社にとっても社員にとっても不幸で、いつまでも会社の本質的な改善に繋がらない。なので、実際に離職を経験した私のような存在が両者の間に入って、意思決定層に課題を提示できればと考えています」
その上で、室田が日々感じているのは、与えられた環境の中で個人は何ができるのか? ということだ。大企業勤務や駐在員の妻という一見華やかな世界でも、男女問わず、自分の居場所を見つけるのに苦しんでいる人は少なくない。
「周囲からどのように思われているのか、女性だから/男性だからこうしたほうがいい、というように無意識に世の中の"普通"を気にしている人が多いと感じます。独身であろうが家族がいようが、自分はどうしたいのか、を見つめてほしい。選択権は自分にある、という社会にしたいんです」
仕事はお金以外の価値がある、と室田は続ける。「ワークライフバランスは選択するものではなく、当たり前であるべき。企業がそれを担保するのは当然で、働き手が主体的に賃金ややりがいといった中から優先度を選ぶべきだと思うんです。育休や時短勤務=キャリアロスという組織体制は変えていかないといけない」
自分がどうありたいのかを見つめながら、組織や家族の中で声を上げていくこと。それは誰もが当事者になりうる現実において、多くの人を救う道筋となるだろう。