散策が楽しくなる湘南ミニガイド【#07】 真っすぐな味のフレンチとワインが、生産者の思いをつなぐ。
Travel 2019.07.31
湘南の港に揚がる魚や、近くの農園で採れた野菜、さらに全国各地の生産者の顔が見える食材の数々は、この土地を愛するシェフの手によって美しい料理へと生まれ変わる。そんな美食をさらに引き立ててくれるのは、潮風のように爽やかな自然派ワイン。
フレンチ食堂 イットク|小田原
優しい雰囲気に満ちた店内に一歩足を踏み入れると、一枚板の大きなカウンターが目に飛び込んでくる。そのカウンターと同じくらい大きな黒板には、びっしりと本日のメニューが書き込まれている。“無添加の生ハムと富士宮マッシュルーム、天城軍鶏のココットや、長崎・五島産の岩牡蠣に、愛知の下沢さんが育てた愛知牛フィレ肉、横須賀沖でシェフが釣ったタチウオ”まで! 書かれたメニューのひとつひとつに、食材への特別なこだわりが見てとれ、思わず唾を飲んでしまう。
店内にはカウンター席とテーブル席があり、ゆったりと食事ができる造りだ。
小田原駅から徒歩5分ほどの商店街の一角に、予約が取りづらいと噂のフレンチレストランがある。シェフの星一徳さんが、妻の江里子さんとともに2年半前にオープンしたばかりだ。かつて富士屋ホテルでフランス料理のシェフとして働いていた一徳さんは、その腕を買われ、同ホテルチェーン店で最年少の料理長として活躍。自分で食材を選ぶ立場になったとき、小田原や湘南地域をはじめ全国の養豚場、養鶏場の生産者と触れ合う度に、食材のさらなる可能性を模索してみたくなったという。その想いをカタチにすべくオープンさせたのが、「フレンチ食堂 イットク」だ。
片浦レモンを塩漬けした、手作りのシトロンコンフィ。香り高いレモンを、皮ごと料理に使う。
シェフのスペシャリテである、「パテ・ド・カンパーニュ」¥972
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地産地消は当たり前でありたいという一徳シェフと江里子さんは、多くの食材を地元から仕入れつつ、最近、自家菜園もスタートさせた。この夏は、レタスやパセリ、キュウリなどを収穫予定だ。さらに、自分たちがおいしいと思ったものはすべて生産現場まで足を運び、作り手と話しをしてから、キッチンで扱うようにしているという。平飼いで育てられている軍鶏や、抗生物質やワクチン等の薬を一切使わない養殖鱒、自然養鶏の有精卵、有機の和紅茶などなど、安全な食材であることはもちろんのこと、丹誠込めて作られた食材たちに敬意をもって接する姿が印象的だ。クラシックなフレンチの調理法をベースにしながらも、選び抜かれた力強い食材の味を生かした料理の数々はどれも、奥行きのある味わいだ。
長崎・五島産「岩牡蠣のカルパッチョ、きゅうりのグラニテ添え」1個¥1,080
惚れ込んだ食材はとことん追求するというシェフは、なんと豚や羊を1頭買いすることもあるという。この夏は、信州サフォークを1頭買いの予定だとか。ソーセージを作り煮込み料理を作り、さらにハム、ラード、リエットにベーコンなど、自分が見込んだ良い食材は余すことなく調理できることが、作り手の何よりもの喜びだと語る。シャルキュトリーを学んだ料理人だからこその、醍醐味でもある。
「仔羊のロースト、ペルシャード風」¥2,160 合わせた赤ワインは、南仏のテーブルワイン。ルイ・ジュリアンの「Vin de Table」グラス¥918 400年以上もの歴史があるワイナリーで、無農薬の畑で収穫されるブドウを使っている。
中でも牡蠣はふたりの大好きな食材で、「くにさきオイスター」という手間ひまかけて育てられたレアなブランド牡蠣から、夏はシカメガキ、冬はマガキを仕入れている。この牡蠣を目当てにやってくるお客さんも少なくない。カウンターに置かれた存在感あふれるプロシュートも、なんと国産の手作りというから驚きだ。
そんなこだわりの料理に合わせて、江里子さんが“ヘンテコ系”と呼ぶビオワインも個性派が揃う。酸味のある辛口の日本の酒や焼酎も、フレンチにも合うものをラインナップ。流儀にとらわれず、お酒も食も本当においしいものを味わって欲しいという思いと、何より自分たちが飲みたいものの集大成だという。食材との運命的な出会いからキッチンでの試行錯誤、目の前のひと皿には、ふたりの物語がたくさん詰まっている。その真っすぐな思いを体現するかのように、前菜からデザートまで、その味はどこまでも素直で優しい旨味を、いつまでも口の中に残してくれる。シェフと妻、情熱的な食への思いは、この場所を離れてもなお、心に残り続けるひと皿を生んでいるのだ。
「フレンチ食堂 イットク」のシェフ、星一徳さんと妻の江里子さん。
神奈川県小田原市栄町2-10-17
tel : 0465-59-0090
営)11時30分〜13時30分L.O.、18時〜21時L.O.
休)日、月
http://ittoku-odawara.com/
※2019年7月取材時の税込み価格を表記しています。
photos : MAYUKO EBINA, réalisation : MIKI SUKA