立田敦子のカンヌ映画祭2023 #05 第9回「ウーマン・イン・モーション」はミシェル・ヨーが受賞!

Culture 2023.05.26

カンヌ映画祭にオフィシャルパートナーとして名を連ねている企業は、単に資金を提供するだけでなく、さまざまなカタチで映画祭をサポートしている。2015年よりオフィシャルパートナーとなったケリングは、グッチサンローランブシュロンなどのファッションブランドを擁するグローバルラグジュアリーグループだが、そのケリングが映画祭にて開催しているプログラムが「ウーマン・イン・モーション」だ。

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「ウーマン・イン・モーション」オフィシャルディナーの会場。©︎Vittorio Zunino Celotto Gett Images × Kering

映画界で働くあらゆる女性たちのサポートを目的としており、カンヌ映画祭期間中には、俳優やプロデューサー、脚本家などを招いたトークイベントを開催。また毎年、「ウーマン・イン・モーション」アワードを授与し、映画界に貢献した活躍が目覚ましい女性たちにスポットライトを当てている。これまで、ジェーン・フォンダ、イザベル・ユペール、キャサリン・ビグローなどが受賞しているが、今年はマレーシア出身の俳優ミシェル・ヨーが受賞した。

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「ウーマン・イン・モーション」アワードを受賞したミシェル・ヨー。©︎Vittorio Zunino Celotto Gett Images × Kering

 

10代の頃、バレエダンサーから俳優に転身したヨーは、キャリアの初期はその身体能力の高さを買われ香港のアクション映画で名を揚げ、その後『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997年)でボンドガールを演じたことで国際的スターとなった。『グリーン・ディステニー』(2000年)、『SAYURI』(05年)、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』(17年)など、ハリウッド大作でも活躍するアジアを代表する俳優だ。
主演したA24製作の『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(22年)が小規模公開でスタートしたにも関わらず大ヒットし、第95回アカデミー賞(23年)では、アジア人として初の主演女優賞を受賞するという快挙を成し遂げた。

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イザベル・ユペールなど、会場には華やかな映画人が訪れた。©︎Vittorio Zunino Celotto Gett Images × Kering

 

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映画祭と共同で行われる授賞式を兼ねたオフィシャルディナーには、リューベン・オストルンド監督ら審査員団を始め、イザベル・ユペール、レオナルド・ディカプリオサルマ・ハエック・ピノー、ザール・アミール=エブラヒミ、アルフォンソ・キュアロン、ハリス・ディキンソン、カーラ・ブルーニ、カウテール・ベン・ハニア、是枝裕和、加瀬亮ら多くの映画人が訪れた。

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「ウーマン・イン・モーション」のオフィシャルディナーに登場した是枝裕和監督。©︎Vittorio Zunino Celotto Gett Images × Kering

 

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北野武監督『首』でカンヌを訪れている加瀬亮も会場に登場。©︎Vittorio Zunino Celotto Gett Images × Kering

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ブシュロンのアンバサダーを務めるROLAも出席。©︎Vittorio Zunino Celotto Gett Images × Kering

ケリングの会長兼CEOであるフランソワ=アンリ・ピノー、カンヌ映画祭会長のイリス・ノブロック、カンヌ国際映画祭ディレクターのティエリー・フレモーによってトロフィを授与されたヨーは、「あまりにも長い間、私たち女性は部屋から追い出され、会話から取り残されたまま、扉は閉ざされていると言われてきました」、「私たちのアイデアは果てしなく、私たちの情熱が尽きることはありません。そして、私たちがその扉を打ち破るところまできたのです」、「闘い続けて、挑み続けて。あなたのストーリーを伝え続けてください。あなた方の声は影響力をもち、あなた方が掲げるビジョンは重要なものです。私はひとりでこのステージに立っているわけではないのですから」と、スピーチし、スタンディングオベーションで祝福された。

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授賞式にてスピーチするミシェル・ヨー。©︎Vittorio Zunino Celotto Gett Images × Kering

ディナーに先立って、日中に行われたトークイベントに登場したヨーは、まず、2000年にアン・リー監督の『グリーン・デスティニー』で初めてカンヌに来た思い出から語り始めた。「カンヌで私たちは初めて大きなプレミアを経験しました。カンヌは素晴らしい場所ですが、時にとても残酷な場所でもあります。もし作品を気に入ってもらえなければ、すぐにその反応が伝わる。でも、私たちは最初のプレス上映からとても恵まれていました。朝の8時からの上映で、しかも外国映画で字幕付きです。しかし、プロデューサーのビル・コンがすごく興奮して私たちのところに来て、“映画の真っ只中でスタンディングオベーションが起きた”と言いました。私が屋根の上を走るアクションシーンのところです。それはめったにないことだ、と。それが、カンヌでのこれまでいちばんの思い出です」
今年のアカデミー賞で有色人種としてふたり目(ひとり目はハル・ベリー)、アジア人として初の主演女優賞受賞し、歴史を作ったことをMCから讃えられると、「正直なところ、まだ受け止められていない」と本心を吐露した。

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ディナーに先立ってトークイベントも開催された。©︎Vittorio Zunino Celotto Gett Images × Kering

「私たちは、アカデミー賞授賞式の1年前から、プロモーションをしていたんです(ワールドプレミアは22年の3月に開催されたSXSWだった)。長い道のりでした」

最初からアカデミー賞に照準を合わせた作品であれば、通常は秋からプロモーションはスタートする。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、アメリカの気鋭の映画会社A24が製作した作家性の強い作品で、そもそも賞レースは狙う作品だという意識を誰も持っていなかった。

「けれど、人々の心を掴む映画となり、あっという間に、映画製作者たち自身もこれが映画の未来の言語であると認識するようになりました。私たちは常にオリジナリティを求め、違いを求め、包容力、多様性を求めますが、この作品はそれを実現してくれました」

アカデミー賞において『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、主演女優賞だけでなく、作品賞、監督賞など主要6部門を独占した。

「(カンヌの)クロワゼット大通りを歩けば、多くのインディペンデント映画が上映されていることがわかります。それは、自分たちの作品を観てもらいたいと願う、本当に優れた映画製作者たちがいるからです。もし新人の映画監督であったなら、制作費に1億ドルはおろか1,500万ドルや1,000万ドルも出してくれる人はいないですよね? でも、そうした時こそ、最もクリエイティブになれる時なのです。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は制作費1,500万ドル以下です。5,000万ではなく1,500万ですよ。最も簡単で、安価なマルチバース・トラベリング(多元宇宙旅行)を作ったのです。CGIも使わない。ヘッドホンで“フシャーッ!”と鳴らしたら、もう別の宇宙に行っちゃうんです。だから、クリエイティブでなければならないのです。本当に情熱的な時こそ、最高の仕事ができるのだと思います」

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40年以上のキャリアにおいて紆余曲折を体験し、第一線で活躍し続ける立場から、映画界における女性をめぐる環境や意識の変化についてもこう言及した。
「私たちは、互いに励まし合い、支え合っていかなければなりません。私はこの業界に長くいるので、女性のために闘い続けてきたこと、平等のために闘うこと、多様性のために闘うこと、皆が闘い続けていることを知っています。しかし、それはトップから来るものでなければなりません。上がそうでなければ、下へ浸透させるのは非常に困難です。しかしいま、特にここ数年、女性たちが自分たちのためにより一層声を上げるようになったのを目にします。昔は、女性は自分に対してとても批判的でしたよね。 男性はその逆で“自分が優れている”と主張しますが、女性は“どうしたらもっとよくなるだろう”と、自分の良いところさえも小出しにします。私は、いま大きな変化を感じています。そして女性には、より多く向き合わなければならない問題があるともしばしば感じています。『家族を持たなければ真の女性とはいえない』とか『時間は刻々と過ぎている』とか、『仕事に集中しすぎたらどうなるんだろう』とか。エイジング医学の話をされることは本当に嫌なんです。『30過ぎの妊娠なら……』とか。なんですか、それは? このように、不必要なプレッシャーが私たち女性にかかるのはとても恐ろしいこと。そしてカメラの前でも後ろでも、女性の優れたストーリーテラーが、追いつめられることもあります。だから自分の仕事を見事にこなし、子どもを産んで幸せな家庭を築いている女性たちにも私は賞賛を送りたいですね」
ここ数年感じている“大きな変化”とは多様性だという。また、アジア人という“マイノリティ”という定義についても自論を展開した。映画界において多様性が注目される大きなきっかけとなったのは、まさにヨーが主要キャストとして出演した『クレイジー・リッチ!』(18年)である。

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女性の視点やアジア人の視点から映画界について語った。©︎Vittorio Zunino Celotto Gett Images × Kering

「私たちが『クレイジー・リッチ!』で火をつけたようなものですが、小さな小さな火でした。(米国映画で)アジア人だけのキャストの作品は、26年前の『ジョイ・ラック・クラブ』(93年)が最後だったからです。それ以来、一度もなかったんです。『パラサイト 半地下の家族』(19年)をはじめとする外国の作品、日本映画、韓国映画、中国映画のような外国映画の話ではなく、アメリカ映画の話ですが。そして私が理解できないのは、なぜ私たちが“マイノリティ”なのか、ということです。なぜ “マイノリティ”なのか? なぜその言葉自体が存在するのか? そして、もし『クレイジー・リッチ!』が成功していなかったとしたら? また25年間、私たちを後退させていたのかもしれません。『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(21年)では、マーベル・コミック初の中国人スーパーヒーローが誕生し、扉はさらに大きく開かれました。そして、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』では、ガラスの天井をカンフーで突き破ったとしか言いようがありません」
アカデミー賞受賞のスピーチは印象的だった。「女性の皆さん、あなたたちは決して全盛期を過ぎてはいないのです」と“若さ信仰”とエイジズムに釘を刺した。
「“女性が30歳、40歳になると、もう全盛期を過ぎている”と言ったジャーナリストがいたのです。誰かが決めた規準によって、人生を生きる必要あるのか、ということ。それが言いたかったのです」
また、将来有望な女性監督をサポートする「エマージング・タレント・アワード」を受賞したのはスイス人のカルメン・ジャキエ監督。前年度の受賞者スウェーデン人のニンジャ・サイバーグ監督により選出され、次の映画プロジェクトの制作を支援する5万ユーロの助成金も授与された。

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スイス人のカルメン・ジャキエ監督は「エマージング・タレント・アワード」を受賞。©︎Vittorio Zunino Celotto Gett Images × Kering

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映画ジャーナリスト 立田敦子
大学在学中に編集・ライターとして活動し、『フィガロジャポン』の他、『GQ JAPAN』『すばる』『キネマ旬報』など、さまざまなジャンルの媒体で活躍。セレブリティへのインタビュー取材も多く、その数は年間200人以上とか。カンヌ映画祭には毎年出席し、独自の視点でレポートを発信している。

text: Atsuko Tatsuta

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