我が愛しの、ジェーン・バーキン 山崎まどかが読み解く、ジェーン・バーキンが素敵な理由。
Culture 2024.06.27
ジェーン・バーキンが素敵な理由はなんだろう? コラムニストの山崎まどかが、ジェーンのスタイルと生き方を読み解く。
山崎まどか
コラムニスト
ゴージャスなファーのコートにもカゴバッグを合わせる。既存のルールや概念に捉われない、ジェーンらしいスタイル。©Collection Christophel/AFLO
カトリーヌ・ドヌーヴはイヴ・サンローランの服が似合う。でもこのブランドを彼女に薦めたのは、恋人だった写真家のデヴィッド・ベイリーだという。アンナ・カリーナのファッションはとびきりキュートだ。パートナーだったゴダール監督は、街中の若い女性たちのファッションやメイクをチェックして、映画のカリーナのコーディネートを決めていたという。
ファッションアイコンとされる60年代のフランス女優の背後には、デザイナーやそのパートナーの男性の姿が見え隠れする。でも、ジェーン・バーキンは違う。彼女のスタイルは、彼女自身が選び取ったものだ。ジェーンは、私生活でカップルだったセルジュ・ゲンズブールのもとで、歌手や女優として大きく羽ばたいた。しかし、ファッション面で主導権を持っていたのはジェーンのほうだ。スウィンギン・ロンドンからやって来た彼女のスタイルに感化されて、ゲンズブールは初めてデニムを着るようになった。
そう、初期のジェーン・バーキンのファッション哲学はシンプルそのもの。すそが切りっぱなしになっているベルボトムのジーンズに、小さなサイズの白いTシャツ。Tシャツにネックレスやペンダントなどを重ねづけした。あるいはあっさりとした男物のオックスフォードシャツ。靴はローファーかブーツ。そうでなければ、ガーリーなミニワンピース。そこにボヘミアン的な隠し味でケープを羽織る。現代の野外ミュージックフェスにいてもおかしくないようなスタイルである。
モードや流行とは無関係。彼女のファッションの秘密はアイテムではなく、その着こなしと佇まいにあった。彼女のスタイルは長い髪とスリムな体型、頬骨が特徴的な顔立ちと相まって、両性具有的な雰囲気を醸し出し、不思議なくらいセクシーだった。
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60年代から70年代のジェーン・バーキンのトレードマークといえば、カゴバッグだ。一緒にポルトガルに旅行した時にセルジュ・ゲンズブールから贈られたもので、元々は漁師が釣った魚を入れるのに使っていた蓋付きのバッグだった。荷物が多いバーキンの要望に合った、優れもの。ジェーン・バーキンはカジュアルなジーンズスタイルの時だけではなく、イベントでフォーマルなドレスを着る時も、このバッグを携えていった。どんなフォーマルも、自分らしい持ち物でカジュアルに変えてしまう。ここに彼女のファッションの方程式がありそうだ。
アラン・ドロンとロミー・シュナイダーと共演した『太陽が知っている』でも、ジェーンはこのバックを持って登場する。ヴァカンスを過ごす恋人たちの前に現れた、若い娘。ブランドのハンドバッグではなく、カゴを持った彼女は、彼らにとって新世代を代表する存在である。地位もステイタスも気にせず、ただ自分にとって心地いいものだけを選び取る。ジェーン・バーキンの飾らないスタイルと、そのカゴバックは、堂々たる反抗のマニフェストだったのだ。彼女は奇をてらうことなく、あっさりとそれをやってのけた。
自分らしいバッグ。それはジェーン・バーキンを代表するものとなった。1983年にエールフランスの飛行機の中で当時のエルメスの会長ジャン= ルイ・デュマと遭遇した逸話は、もはやファッション界の伝説となっている。小さな子どもの母親ということもあって、いつも荷物が多い彼女の要求にこたえて作られたのが、いまではエルメスを代表するバッグ「バーキン」だった。マチがしっかりあって、丈夫な「バーキン」を、そのインスパイア源であるジェーン・バーキンは実用的に使っていた。留め金も開けて、中に雑多なものを詰め込んでいた。親友アニエス・ヴァルダ監督とともに作った長編映画『アニエスV.によるジェーンb.』で、彼女が路上にバッグの中身をぶちまけるシーンは印象的である。
ジェーン・バーキンは、型崩れも気にせず、いつも中身が詰まってパンパンになった「バーキン」のバックを腕で抱えるようにして持っていた。彼女が支持するアウン・サン・スー・チーの肖像など、さまざまなステッカーを貼った。それがクールだった。
それに合わせるファッションも若い頃からほとんど変わらなかった。基本はいつもパンツルックだ。トレンチコート、ベージュやグレーのVネックセーター、ジーンズ、ジャケット、そしてスニーカー。後年はそこにスカーフが加わった。それもあまり凝らずに、シンプルに首に巻いただけというパターンも多い。無造作で、それでいてすべてが様になる。ジェーン・バーキンのスタイルは真似できそうで、なかなか真似できない。彼女のような着こなしを目指すなら、何よりも素顔の自分を知るのがいちばんなのかもしれない。そのシンプルシックな装いは、娘のシャルロット・ゲンズブールやルー・ドワイヨンにも受け継がれている。
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*「フィガロジャポン」2024年3月号より抜粋