プレイバック、私の青春。 あのころ私は、ローリン・ヒルに夢中だった。

Fashion 2019.01.09

歳の離れた姉の影響で、小学生で古着やアメカジ、トラッドに目覚めました。足元はワラビーで、バッグはエルエルビーン。買い物フリークな母親のDNAが強いのかもしれません。小、中、高とバスケットボール部で毎日地獄のような猛烈な練習をしていたのですがたまの休みには新宿のフリマに通って古着をあさる。そんな早熟小学生でした。

その反動もあってか、高校で部活を引退してから20代前半まで、今度はブラックミュージックにどはまり。ヒップホップにR&B、そしてレゲエ。音楽のみならず、そのカルチャーやファッションにも夢中になり、“夜の”クラブ活動を存分に楽しんでいました。家ではミックステープかレコードで音楽を聞いていました。

その中心にいたのが、ローリン・ヒル。最初にフージーズ時代の音にはまりました。ヴォーカルを担当していた彼女の歌声はもちろん、ファッション、髪型、メイク、全てのセンスに魅せられました。特にMTVのライブ番組「アンプラグド」で見た、3ピースのスーツスタイルが忘れられません。パンツの裾がフレアになっていて、ツイードのような素材感だったことまで鮮明に覚えています。ヘアはショートドレッド。アコースティックギターでアカペラの姿がいまでも脳裏に焼き付いています。

彼女のセンスはいつも独特で、クラシックな要素をベースに、“ネイティブアメリカン”や“ブラックカルチャー”といった自分のルーツをいかしていた印象があります。デニムの取り入れ方から、ボーイズライクな着こなし、レイヤードのテクニックにいたるまで……。そして大きなフープのピアスとメイクで女性らしさを加えるのです。影響されて、自分もドレッドヘアにして、大きなフープピアスをしていました。

そんな趣味が高じて、大音量でブラックミュージックが流れているアクセサリーショップでアルバイトをすることに。ご機嫌な音の響く店内で大きなフープピアスを毎日つけていたのでピアスの穴が広がってしまいました(笑)。そんなバイトの経験から好きなアクセサリーの幅も広がり、ネイティブアメリカンのズニ族のジュエリーにもはまりました。いまでも捨てられずに大切に取ってあります。

いま振り返ると、バスケットボールにすべてを捧げていた学生時代も、バッシュはアシックス全盛期にあえてのリーボックでした。相当な練習量だったため、本来機能性を重視すべきところ、やはり見た目重視でしたね。ものすごく重くて、足の疲労がすごかったです……。ショーツの下に履くスパッツやサポーター、ジャージの着崩しなど、せめてものおしゃれポイントを見つけて個性を主張していた気がします。

あのころの自分に一言

地獄のようなバスケットボールの練習でついた根性、確実に活かせるよ!!

榎本実穂
外資系ブランドのMDを経て、都内セレクトショップのMD、バイヤーとして国内外のブランドの買い付けに携わる。2015年春夏シーズン、ファッションブランドのELIN(エリン)をスタート。

プレイバック、私の青春。
【安藤小葉】あのころ私は、サラ・コナーと歯磨き粉に夢中だった。
【山本マナ】あのころ私は、2人の女優とドリカムに夢中だった。
【上野留美】あのころ私は、すでにブリティッシュロックに夢中だった(外センなもので)。
曽根英理菜】あのころ私は、『ご近所物語』の実果子ちゃんに夢中だった。
青木千加子】あのころ私は、バンド活動に夢中だった。
【編集KIM】
あのころ私は、ダンス映画とジャッキー・チェンに夢中だった。
【飯田珠緒】あのころ私は、雑誌「オリーブ」と「宝島」、そして音楽に夢中だった。

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