自然派ワインの造り手を訪ねて。Vol.3 アルザスらしい端正さと美しいエチケットを持つワイン。
Gourmet 2020.01.26
アタッシェ・ドゥ・プレスとして活躍する鈴木純子が、ライフワークとして続けている自然派ワインの造り手訪問。彼らの言葉、そして愛情をかけて造るワインを紹介する連載「自然派ワインの造り手を訪ねて。」。今回はフランス・アルザスへ、テロワールを尊重しながら複雑な味わいのワインを生み出すジャン=ピエール・リエッシュを訪ねる。
Profil #03
○名前:ジャン=ピエール・リエッシュ Jean-Pierre Rietsch
○地方:フランス・アルザス(ミッテルベルカイム)
○ドメーヌ名:リエッシュ Rietsch
造り手を表現する、エチケットに魅了されて。
アペラシオン(ワインの原産地呼称)から外れることが多い自然派ワインの“人となり”を知るうえで大切な存在、エチケット。リエッシュのワインはその美しいエチケットに魅せられる人が多く、もちろん私もそのひとり。
ドメーヌの隣に住むドイツ人女性アーティスト、アンドレアによるリエッシュのエチケット。
アルザスらしい硬質で端正な味わいと、魅力的なエチケットに、ぜひ現当主のジャン=ピエール・リエッシュに会ってみたいと思い、2012年に初訪問。以来、ドメーヌ訪問やワインサロンなどで交流してきた。ジャン=ピエールはアルザス人らしい冷静沈着さと情熱を併せ持ち、着実に深化する造り手であり、毎年のテイスティングを楽しみにしている。
昨年12月、“ある使命”を持ちアポイントを取った(それについては後述)。ブルゴーニュでのワインサロン直後にもかかわらず快諾してくれたジャン=ピエールのもとへ、クリスマスマーケットで華やぐストラスブールからドメーヌへ向かった。
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複雑な味わいの秘密。
ドメーヌ入口のサインには、ドメーヌを立ち上げた父・ピエールの名も。
“フランスで最も美しい村”にも選ばれたミッテルベルカイムで、17世紀まで遡る歴史を持つリエッシュ家。1970年前半にジャン=ピエールの父であるピエールがドメーヌを立ち上げ、87年から当主はジャン=ピエールに。2008年から12ha弱ものブドウ畑をビオロジック(有機栽培)に転換して自然との調和を図ることにより、可能なかぎりテロワールを尊重するワイン造りを行っている。
ドメーヌ到着後、さっそく試飲に。まずはクレマンから。
試飲ルームにはエチケットの原画が飾られており、さながらアートギャラリーのよう。
キュヴェ(*1)名はそのままに、エチケットのデザインを折々変えるリエッシュ。「アントル・シアン・エ・ルー(Entre Chien et Loup)2018」は、犬(chien)と狼(loup)の正面顔が印象的なエチケットから、横を向いた絵柄に変わっていた。理由を聞くと「なんて言ったらいいかな……彼らはいま寄り添い、同じ方向を向いて進んでいるんだ」とニヤリ。少しずつ、確実に深化していく彼らしい。ワインの硬質なミネラル感が、試飲の後にふるまってくれた夕食のサーモンフュメ(スモークサーモン)とよく合った。
*1 キュヴェ:さまざまな意味合いがあるが、“特別な”“ほかと区別された”といった特別感のあるワインの名に付けられることも。
左が“犬と狼のあいだ”という名のキュヴェ。両者の区別がつかなくなる時間帯、黄昏時といったところ。
ニワトリのエチケットの新キュヴェ、「コケット(Coquette)」。なぜニワトリなの?と訊ねたところ、「ソフィ(ジャン=ピエールの奥様)がコケットという品種のニワトリを飼った、その思い出メモかな(笑)」と。えー!?とさらに突っ込んで聞いてみると、メイン品種であるゲヴェルツトラミネールは、そのアロマティックな特徴から女性にたとえられることが多いそうで、「ほら、ニワトリのお尻を振って歩く姿も女性らしいでしょ」と。言葉遊びがいかにもフランス(笑)。
つくづく、リエッシュのワインはよく考えられている、と思う。ライチのような香りと味わいが特徴的なアルザスの品種ゲヴェルツトラミネールをマセラシオン(*2)し、リースリングと合わせることで、伝統的に甘口ワインに仕上げられることの多い品種が、料理と合わせやすいチューニングに。
*2 マセラシオン:「醸し」の意味。ブドウの果皮や種を果汁に浸し、タンニンやアロマ、色素などを抽出させる工程のこと。
日を改めての試飲。ノエルに近いシーズンらしく、何人もの訪問客があり、クレマンを買っていった。
コンプレックス(複合的)な味わいを好む彼。クレマンも然りで、2016年と17年のワインをアッサンブラージュ(ブレンド)し、18年のジュースを足して伝統的手法で仕上げている。ハチミツを思わせる旨味と、時間がつくる綺麗な酸化のニュアンスが共存する味わいは、食中酒にもぴったり。これだけ贅沢に手をかけられたクレマン(スパークリングワイン)はそうそうない。
地下に場所を移し、瓶詰め前の2019年の試飲も。写真の向かって右手のタイル貼りの部分は、父親のピエールによる作り付けのキューブ。70年代からいまにいたるまで現役で活躍中。
続けて注がれたシュタインは、最新リリースだが2016年。
若めのフードル(樽)で29カ月熟成させたそれは、酸化のニュアンスが感じられる。アルザスではポピュラーな手法だそうだ。「pepin(果実の種)やリンゴ、アグリュム(柑橘系)のコンフィチュールみたいでしょ」とジャン=ピエールは満足げ。
アルザスは特級畑を擁する伝統的な銘醸地。従って土地価格が高く新興ドメーヌは少ない半面、時間をかけてきっちり熟成させた後にリリースできる、贅沢な環境があることもアルザスの魅力だと実感した。
試飲ルームにて。暖炉の隣の女性が、エチケットを手がけるアンドレア。テイスティングを一緒に行い、ネーミングやイメージを膨らませていくという。
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畑仕事と、うれしいお祝い。
翌日は畑仕事を手伝わせてもらった。馬によって耕す、ピノノワールの古木も植えられたシュタインの畑に、洋ナシやモモの木を植えるのだ。週末は雨の予報だからベストタイミングだ、とジャン=ピエール。
夜明けを迎えたアルザスの畑。白く見えるのはすべて霜で、ペールトーンに覆われた美しい景色に、息をのんだ。
「ブドウ畑に果樹を植えることで、より自然の状態に近づく。特に古木のブドウの横に植えると相互作用があるんだ」とジャン=ピエール。まだ雪が降らないまでもマイナス5℃の気温の中での畑仕事……。霜で固く閉ざされた、石灰岩混じりの粘土質の土壌を掘っていくのはなんとも骨が折れる作業。どうにか6本植え、作業を終了できた。
シュタインの畑に果樹を植えていく。
日没前の特級畑ゾッツェンベルク(Zotzenberg)。樹齢150年(!)のゲヴェルツトラミネールも。6〜7年前に植えた果樹が、気持ちよさそうに枝を広げていた。
この日はなんと、ジャン=ピエール56歳のお誕生日! ささやかながら日本食を作り、彼の好きな造り手であるオーヴェルニュ地方の「L’Arbre Blanc 2007」を開け、奥様のソフィとともにお祝い。和やかな時間の中、ふと真顔になったジャン=ピエール。「ジュンコは今日1日、研修生として仕事をしたんだ。よくやってくれたと思う」と。
わざわざ口に出して言ってくれる、彼らしい生真面目さと優しさに目から汗が出てきそうになったけれど、今日はお祝いの日。笑顔でありがとうと伝えた。
珍しく満面の笑顔のジャン=ピエール。好きな造り手のお祝いができるなんて、ワインの神様に愛されている日だ。
その翌日、ストの影響でTGVはすべてキャンセル。9時間かけてバスで移動するために早朝にリエッシュ家を発つ。数年来の習慣だという、トレッキング支度をした彼が見送ってくれる中、ストラスブールへ向かった。
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ここで、冒頭に触れた“ある使命”のお知らせを。リエッシュのワインが、パリのモンマルトルにある1ツ星レストラン「Ken Kawasaki」でお楽しみいただけることに。ご縁があってワインリストのお手伝いをしています。川崎遼平シェフの料理とのマリアージュを楽しみに、お立ち寄りいただければうれしく思います。ジャン=ピエールも折々来てくれるでしょう!
フリーのアタッシェ・ドゥ・プレスとして、食やワイン、プロダクト、商業施設などライフスタイル全般で、作り手の意思を感じられるブランドのブランディングやコミュニケーションを手がけている。自然派ワインを取り巻くヒト・コトに魅せられ、フランスを中心に生産者訪問をライフワークとして行ういっぽうで、ワイン講座やポップアップワインバー、レストランのワインリスト作りのサポートなどを行うことで、自然派ワインの魅力を伝えている。3月8日に料理家の冷水希三子と「自然派ワインと春のおつまみを楽しむ会」をコトラボにて開催予定。詳しくはインスタグラムにて。
Instagram: @suzujun_ark
【関連記事】
自然派ワインの造り手を訪ねて。INDEX
#01〈前編〉生ける自然派ワイン界の伝説、ロビノを訪ねて。
#01〈後編〉ロビノがロワールで生み出す、極上のシュナン・ブラン。
#02 ロワールで育まれた、自然派のソーヴィニヨン・ブラン。
【フランス名品 V】土地の恵みを味わう自然派ワイン。
ワイン通パリジェンヌいちおし! ヴァンナチュール最前線。
大好きなヴァンナチュールが買える&飲める、ワイン好きの楽園。
photos : JUNKO SUZUKI