日々の生活を彩るワインを自分らしく楽しむフィガロワインクラブ。イタリア人ライター/エッセイストのマッシが、イタリア人とワインや食事の切っても切り離せない関係性について教えてくれる連載「マッシのアモーレ♡イタリアワイン」。今回のテーマは秋の味覚の王様「トリュフ」! マッシの故郷ピエモンテ州で開催されるトリュフ祭りの様子をご紹介。
ピエモンテ州アスティ市にあるモンカルヴォ(Moncalvo)は、知名度は低いものの、間違いなく訪れる価値のある穴場だ。中世にピエモンテとリグーリアを結ぶ戦略的な交易拠点として栄えたこの町は、美しい丘陵地帯とブドウ畑に囲まれている。本格的なピエモンテの建築や自然、そして食文化を求める旅行者にとってぴったりの場所だ。その魅力を満喫する最も良い方法は、中心街の古い通りを散策して、次々と現れる素晴らしい建物を眺めることだろう。
一年中楽しめるモンカルヴォだけど、特に地元の食を祝う祭りの時期に訪れるのが理想的だ。その中でも見逃せないのが、毎年10月に開催されるトリュフ祭り(Fiera del Tartufo)である。今回は、美食の熱気に包まれているこのトリュフ祭りについて、読者の皆さんと一緒に回っているような感覚で紹介したいと思う。
普段の静寂さからは想像もつかないほどの熱気に包まれるこの祭りは、地元住民だけではなく、海外からも多くの愛好家が集う国際的なイベントだ。10月19日の午前中にトリュフ祭りへ出かけた僕は、どんな活気が待っているかワクワクしていた。会場に着いた瞬間、爽やかな風が吹く古都の中心地は、すでに芳醇な香りで満ちていた。白トリュフと黒トリュフが主役となって、市場でのコンテストや展示、レストランでの特別メニュー提供など、町全体がトリュフ一色に染まっている。
この日は、イタリア語に加え、英語、フランス語、ドイツ語の多言語が飛び交っていて、僕は何度も来ているはずなのに、まるで初めて訪れたかのような賑やかさに驚かされた。トリュフの他にも地元のチーズやポルチーニ茸、ワイン、グラッパ、詰め物のパスタ、伝統工芸品などがずらりと並んでいて、試食や交流を通して人々の深い地元愛が膨らんでいくのを全身で感じていた。
広場の昔ながらのアーケードの下には、トリュフの販売スタンドが軒を連ねている。主役は、アルバ産白トリュフ(Tartufo Bianco d'Alba)としても知られる「セイヨウショウロ」だ。その白い塊は、まるで宝石のように輝いている。
いろんなトリュフに目移りしながら歩いていると、ひとりのトリュファーロと呼ばれるトリュフの採集人が、興奮気味に自慢の白トリュフを見せてくれた。特大サイズではないけど、形が美しく、鼻を近づける前から濃厚な香りが漂っている。
「Ciao! これ見てよ!これがモンカルヴォの丘の香りだ。土の温かさと森の湿り気が詰まっているんだよ」
彼の言葉とその強い地元愛、トリュフへの誇りに心を打たれながらも、香りを感じようと鼻を近づけた瞬間。ガツンとトリュフの香りが僕の脳天まで一気に駆け抜けた!なんと美しい瞬間だっただろう。白トリュフの香りは、バターやチーズ、湿った土壌のニュアンスが複雑に混ざり合う、繊細でいて強烈なアロマだった。
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ちなみに、10月は黒トリュフも旬を迎える。白ほどの爆発力はないけど、ナッツのような深みと温かさを持つ、野性的な香りがあって、加熱しても風味が飛びにくい。地元では、白は仕上げに、黒は料理の具材として使い分けられている。
試食ができるのもこの祭りの大きな魅力だ。アーケードを奥まで散策していると、トリュフ入りのチーズを販売しているスタンドがあった。試食をさせてください、と言うまでもなく、採集人である奥さんが「もちろん食べてみるよね?」と声をかけてくれた。ひと口いただくと、濃厚なチーズの風味の中でトリュフの香りが一気に花開き、口の中を幸福感で満たしていく。もう言葉にならない旨みが口から始まって全身に広がっていった。
しっかりとチーズを買った僕は、先ほどの白トリュフのスタンドに戻って、いよいよ購入交渉。トリュフはグラム単位で値段が決まるから、まさしく真剣勝負だ。この勝負に挑みにいくのは、もちろん僕、ではなく僕の母。
「この小さいの、今日はいくら?」
そう言った母の目は、獲物に狙いを定めた鷹そのものだ。
採集人は母の鋭い眼差しにも怯まず電卓を取り出し、今日の市場価格と品質を照らし合わせる。周りのスタンドからは、トリュフの値切りを試みる観光客と、品質への信頼を語る生産者との白熱したやり取りが聞こえる。僕は、母と採集人を取り巻く緊張感に気圧されて、15℃という気温にもかかわらず大汗をかいていた。これこそ、トリュフ祭りだ!
「この子にはそれだけの価値がある。大事に育てたんだからね」
彼の強い言葉に、単なる値段交渉ではなく、品質への信頼が高まる。母は「それなら......」とあれやこれやと他の商品も追加し始めた。最終的に、僕たちはトリュフとそれ以外のさまざまな食材を買うことで、提示された価格よりお得に納得のいくサイズのトリュフを手に入れることができた。
ちなみに、この日の市場価格の目安は、黒トリュフが100gあたり50€(約8,800円)程度に対し、白トリュフは100gあたり400€(約7万円)だった。大きさや重量だけではなく、形によっても値段は変動する。コンテストで高評価を得たトリュフの値段は、耳が痛くなるほど高価で、おそらくミシュランの星を持つレストランへ入るのだろう。
手に汗握る買い物を終えて帰路につこうとした時、チーズと焼き菓子の職人さんのスタンドで足が止まった。狙いは、ピエモンテの伝統焼き菓子のバーチ・ディ・ダーマ(Baci di dama)だ。甘いものには目がない僕は、バーチ・ディ・ダーマを5€分を注文した。すると、7~8歳くらいの娘さんが丁寧に計って包んでくれて、「本当においしいからもっと買った方がいいよ」と言いながら渡してくれた。
かわいいなぁと思いながらほっこりした後、ひとつだけ味見のつもりで食べたのに、気がついたら半分ほどなくなっていた。あの子の言うことを聞いておけば...と少し後悔しながら、残りの半分を大切に抱きしめながら家に帰ったのだった。
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購入したトリュフは、ピエモンテの郷土パスタであるタヤリン(Tajarin)と共に、その日の夜に味わった。このタヤリンは、母が採集人に交渉して得た戦利品のひとつ。作り方はいたってシンプルだ。茹でたタヤリンにトリュフ入りのオリーブオイルをかけて、その上にトリュフを好きな厚みですりおろすだけ。
タヤリンのシンプルで素朴な風味が、トリュフの爆発的な香りを引き立てる。優しい味を感じた後にトリュフのアクセントが急に上がって、食感のコントラストと余韻の長さがこの料理の醍醐味だ。パスタを食べた母の表情をチラッと見ると、目を閉じ微笑みながら味わっている。僕は心で「お母さん、ありがとう」と呟きながら、静かにトリュフの余韻を感じていた。
モンカルヴォのトリュフ祭りは、単なる食材の売買の場ではない。この地域の自然や深い地元愛が、芳醇な香りと共に凝縮された祭りなのだ。トリュフの持つ力強い魅力と、それを育む人々の温かい交流に、心から感動した一日だった。
皆さんも、もしモンカルヴォへ行くことがあれば、どうか気をつけてほしい。トリュフの魅力の虜になって、日本に帰りたくなくなってしまうかも?
1983年、イタリア・ピエモンテ生まれ。トリノ大学大学院文学部日本語学科修士課程修了。2007年に日本へ渡り、日本在住17年。現在は石川県金沢市に暮らす。著書に『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(2022年、KADOKAWA 刊)
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