ウイルスと闘う世界のいま。#13 首相からの手紙と、街中を彩るたくさんの虹。
Travel 2020.04.13
文・坂本みゆき(在イギリスライター)
先週、我が家にボリスからの手紙が届きました(ボリスとはイギリスのボリス・ジョンソン首相のこと。日本の報道ではジョンソン首相と呼ばれていますが、イギリスではたぶんほとんどの人が彼をファーストネームで呼んでいます)。
少し大きめの文字と分かりやすい英語で、誰にでも理解できるように書かれた首相からの手紙。手の洗い方から、家にいる意味、感染した場合の症状などが書かれたパンフレットも同封されていました。
いまこの手紙はイギリスに住む人すべてに送られています。
現在、イギリスではウイルスが広がるスピードをスローダウンさせて、一度に膨大な数の感染者数が出ることをできる限り防ごうとしています。そうしないと医療機関が対応しきれなくなる可能性が大きいからです。それを幅広く呼びかけるために――先日の女王のスピーチもそうでしたが――こうして首相名で手紙を国中に送っているのです。
それでも先週末の数日間で1日1000人弱がウイルス感染によって病院で命を落としています。その数はイタリアやスペインを抜き、しかし未だにピークには達しておらず、イギリスはこれからヨーロッパで最悪のケースとなるだろうという予想も出ています。
「you must stay at home(家にいるように)」とmustというとても強い言葉をさらに太字で強調して人々に呼びかけ、それに従わない場合は警察の介入もあるとこを手紙は警告しています。また、この状況下で仕事ができなくなって経済的に不安がある人には、「政府はあなた方の生活を守り、毎日の糧を食卓に並べられるようにどんな援助もします」とも強く約束をしています。
そして最後にもう一度「stay at home, protect the NHS, and save lives (家にいろ、NHSを守り、命を救え)」と太字で強く語りかけています。
家にいるのは自分をウイルスから守るためだけではありません。すでに感染して潜伏期間かもしれないし、無症状のままという可能性もあります。もしもそのまま外出したり人と会ったりしたら、知らないうちに菌を拡散してしまうかもしれない。そうであれば最悪の場合、誰かの命にかかわる可能性すらあります。それを避けるためにいまは同居している家族以外には会わない、日用品の買い出しや簡単な運動以外は家を出ないことが強いられているのです。
そしてここにある「Protect the NHS」のNHSとは、国の保険サービスNational Health Serviceのこと。イギリスでは大きな病院から町医者まで、多くの人々がお世話になる医療施設のほとんどはNHSに属していて国営です。
「ゆりかごから墓場まで」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。これは第二次世界大戦後のイギリス政府が掲げたスローガンで、社会福祉の指針となりました。その基幹となったのがこのNHSです。おかげでイギリスに住む人すべては無料で医師にかかることができるのです。貧富を問わず、すべての人が無償で同じ医療サービスが受けられるNHSを、多くのイギリスに暮らす人たちはそれはそれはとても誇りに思っています。
幸いなことに身体が丈夫な私は、長いイギリス在住の間にNHSのお世話になったのは数えるくらい。それでもやはりその時に受けた(イギリス流ではありますが笑)手厚い看護には心から感謝しているし、私もやっぱりイギリスに住む者としてNHSをとても誇りに思っています。
自分のためだけでなく、他人のため、そして大切なNHSのために慎んだ行動を。いま多くのイギリス人はそう考えていると思います。そして同時にNHSで働く人々に深く感謝をしています。
物を作る人たちは、彼らのクリエイティビティで支援をしています。
サヴィルロウの老舗「Norton & Sons(ノートン&サンズ)」やメンズブランド「E.Tautz(イートウツ)」を率いるデザイナーのパトリック・グラント(フィガロの読者には日本でも放映されているTV番組「ソーイング・ビー」でおなじみの、と言ったほうがおわかりになる方が多いかも?)は、彼のカジュアルブランド「Community Clothing(コミュニティ・クロージング)」の工場でNHSで働く人たちの医療着の生産を始めました。
デザインからサンプル作り、専門家の承認を得るまで、通常であれば3カ月かかる作業を3日で終了し、すでに700着を現場に納品。現在も生産を続けています。
在宅勤務の人も多いなか、こうして工場に出向いて働く人の姿をみると、頭が下がります。
また世界的な建築家、ノーマン・フォスターが率いる「Foster + Partners(フォスター+パートナーズ)」は、フェイスガードのプロトタイプを発表。3つのパーツで組み立てるシンプルさで、デジタル・レーザーカッターがあれば1日に1000個を作り出せるという画期的なものです。医療の現場で医者や看護師たちを守る防具の不足が叫ばれている現在、いくつかの病院や医療従事者の間で使用検討がされているそうです。
無駄のないデザインで量産が可能に。消毒後、何度も使うことができるそう。©Aaron Hargreaves / Foster + Partners
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外出できず、人と会うこともできない状況の市井の人々も、自分の思いを伝えることを諦めてはいません。前回お伝えした医療従事者に送る拍手は、毎週木曜夜8時の恒例となりました。そしていま、あちこちの家ではいちばん目立つ窓に子どもたちの描いた虹の絵が飾られています。
住居の2階の窓に飾られた虹は、NHSの文字と「It will get better (すぐによくなるよ)」とのメッセージとともに。
こちらはカットアウトされた虹に「Stay Safe(安全に)」とのメッセージが。
たどたどしくも愛らしい虹の写真を歩道から撮影していたら、窓の中から小さな女の子を抱っこした優しそうな男性がこちらに向かって大きく微笑んでくれました。
外の壁に貼られたひと際鮮やかな虹は笑顔付き。
これもやはりNHSで働く人たちへのお礼と激励の印です。同時に郵便屋さんやゴミを回収してくれる人々、食品や生活用品を販売するお店のスタッフなど、私たちのいまの生活を支えてくれるすべての人たちへの感謝でもあります。
そして、このカラフルな可愛らしい絵の数々はいま満開の春の花に負けないくらい、道ゆく私たちの疲れた心も同時に慰めてくれるのでした。
国全体を応援するようにユニオンジャックが掲げられた家の窓にも、愛らしい小さな虹が。
texte et photos : MIYUKI SAKAMOTO, title photo : alamy/amanaimages