齊藤工、『スイート・マイホーム』の旅。

「キャスティングが最高に生きたと思っています」。そう齊藤は言う。
演者でもあり、カメラの裏側でも活躍し、鑑賞し論じる才能も秀でている。シネマティックな人物・齊藤工は、この連載「活動寫眞館」でモノクロのポートレートを撮り、独特な視点で被写体に迫り味わい、その魅力を伝えてくれている。本当に忙しい人だ。
9月1日公開の齊藤工監督作『スイート・マイホーム』のキャストや原作者、主題歌の歌い手に、齊藤や本作についてコメント取材をして紹介してきたが、監督した齊藤は、作品の成功はキャストをはじめ、すべての関係者たちの力に拠ると心底思っている。そんな信頼の集合体が「撮影現場の雰囲気がよかった」と皆が言う理由なのではないか。

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監督・齊藤工が原作を読み映像化するうえで自身の目線を合わせたのは、幸せな家庭がありながら惰性の浮気相手と関係を持つ主人公・清沢賢二。
「とどのつまり不貞は恐ろしいってことです。ホラーミステリーと定義するこの物語は、まるで壮大なモンスターに襲われるように一見感じられるかもしれませんが、本当の始まりはどこにあるかというと、誰にでも心当たりがある人間の過ち――その真理が、原作小説を読んだ時にいちばんぞっとしました。いろいろ感じることはありましたが、この物語が他人事から自分に寄ってきたのは、その身近な感覚でした」
加えて、「ここまで書くのか、と思った」と齊藤は言う。物語をもっと手前で着地させることもできただろうに、と。原作者の神津凛子が女性であるゆえに、「男性性、女性性で分けることではないですが、女性性の深さを感じた」とも。
父性ではかなわない母性の強さを、自身のプライベートでも感じる経験があった。知り合い夫婦の母側が子どもの教育に夢中になりすぎて周囲が見えなくなり、子どもがゆるやかにひずんでいき、もがく姿を見た。齊藤自身は共感を見いだせない——そんな風景が、映画化にあたって心をよぎり、かつ役にも立った。登場人物の中では、窪田正孝演じる賢二や、窪塚洋介演じる悟の目線しか「自分には残されていない」と腹をくくったそうだ。

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「だから撮影を芦澤明子さんに頼んだんです。映画は、なんといっても絵を繋いでできるもの。芦澤さんの感覚や視点が、私が表現しきれないものを捉えてくれました」
母性が重要な軸のひとつである本作の映像を司る人物として女性クリエイターを選んだのは、齊藤の強い意図であり企みだった。そのことは、映画の色彩や、キャストの表情の捉え方にも十全に生かされている。

齊藤の作品では、子どもの視線が生かされた演出がなされ、映画の大切なメッセージを伝えてくれることも多いが、『スイート・マイホーム』でもそれは同じ。映画作りと並行して齊藤が大切にしているcinemabirdというプロジェクトがある。それは、映画館のない場所に仮の劇場空間を作って、その土地の人々に映画の魅力を届けるというものだが、いろんな土地で子どもに対して接している齊藤はとてもフラットかつ本人が心底楽しんでいるように見える。

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賢二(窪田正孝)とひとみ(蓮佛美沙子)の長女役サチを演じる磯村アメリ。齊藤のカメラに向かって満面の笑顔を見せる。

『スイート・マイホーム』以前にも、中編作品でホラー映画に挑戦したことがある齊藤。齊藤を導いたのは、シンガポールの映画監督でニューヨーク在住のエリック・クー。クー監督作『家族のレシピ』に斎藤が主演したことをきっかけに、長編監督デビュー作品『blank13』を観たクーからHBOのホラープロジェクト「FOLKLORE」シリーズに誘われたのだ。
「『FOLKLORE』シリーズで『TATAMI』という作品を撮ったことも、『スイート・マイホーム』に関わるかどうかの大きな決め手になりました」と齊藤は言う。

cinemabirdの活動、そして海外の映画作家と作り手としての交流など、齊藤は、映画を作ることだけにとどまらず、作品を広げ、より多くの人に鑑賞してもらうチャンスに対して貪欲だ。それが、必ず海外の映画祭への出品を狙う姿勢に表れている。今作ではすでに、6月中旬に行われた上海国際映画祭と、7月下旬のニューヨーク・アジアン・フィルム・フェスティバルへ参加した。

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齊藤が撮った上海の映画祭のポスターや、街の様子。

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ニューヨーク・アジアン・フィルム・フェスティバルでの舞台挨拶の模様。©New York Asian Film Festival

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NYAFFのエグゼクティブディレクター、サミュエル・ジャミエと齊藤工。

「上海でのワールドプレミアでは鱈の調理のシーンで笑いが起こったり、怯えたり、悲鳴が起こったり、観ている方々が細部にもリアクションをしてくれながら、アトラクション感満載の至高の上映になりました。ニューヨークも基本的には上海に似た感じでしたが、"あるキャラクター"の登場から、会場全体がそのキャラクターを応援しているような印象を受けました。そして、そのキャラクターは最初の被害者だったので、会場も面食らったのか、息を呑んだようにギアが入り、更にのめり込んでくれたようです。監督として、最高のしたり顔になってしまいました」(齊藤)

上海国際映画祭では同じく日本からの出品作『658km、陽子の旅』で菊地凛子が女優賞を受賞した。madameFIGARO.jpで速報記事を流し公式SNSで周知した際、真っ先に反応してくれたのは齊藤だった。映画の同志をサポートするアティチュードに、記事を作るこちら側も心から感謝したい反応だった。

齊藤は、まだまだたくさんの映画祭や発表の場を狙うに違いない。映画祭は、映画を愛してたくさんの発見をしようと意欲的な観客が集うところだ。映画館で通常どおり一般公開される前に、そして、自国で一般公開されなくてもエッジの効いた作品と出会いたい、そういう意志を持った人々との交流できる場所だ。そこは、創り手にエネルギーとパワーをくれるはずだ。

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ニューヨーク出張中に齊藤が撮った風景。

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齊藤工/TAKUMI SAITOH
2023年は出演作が続いたが、2018年の初長編監督作『blank13』以来、『COMPLY+-ANCE』、『ゾッキ』に続き、単独で監督した長編作『スイート・マイ ホーム』が9月1日公開。TBSラジオにて「朗読・斎藤工 深夜特急 オン・ザ・ロード」が毎週月~金曜23:30~23:55まで放送中。

『スイート・マイホーム』
●監督/齊藤工
●出演/窪田正孝、蓮佛美沙子、奈緒、中島歩、里々佳、窪塚洋介、根岸季衣、松角洋平ほか
●2023年、日本映画
●113分
●配給/日活、東京テアトル
●2023年9月1日より、TOHOシネマズ日比谷ほか、全国にて公開 
©2023『スイート・マイホーム』製作委員会
©神津凛子/講談社

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齊藤工の目に映る里々佳、愛らしいネイバーフッドガールの先にある虚無感。
窪塚洋介と齊藤工の間にあるもの。
齊藤工が託した、もうひとつの母性・根岸季衣。
齊藤工が表現する、大らかさと繊細さ―リアリティのある両極を持つ蓮佛美沙子。
「癖」を大胆に演じる俳優・中島歩と、監督・齊藤工。
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大ブレイク女優・奈緒の優しさと儚さを、齊藤工が撮る。
齊藤工が映像化した『スイート・マイホーム』、原作者は美しき女性作家・神津凛子。

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