齊藤工が映像化した『スイート・マイホーム』、原作者は美しき女性作家・神津凛子。
「齊藤工 活動寫眞館」について 2023.09.05
スイート・マイホーム、という言葉だけ聞けば、仲睦まじい家族のあたたかな物語と思ってしまうだろう。いやいや、とんでもない。映画『スイート・マイホーム』は、家や家族に不穏な影が落ちるホーミーホラー。どんな人物が原作を書いたのか......?
と、取材現場にて対面したのは、柔和な笑顔の愛らしい女性。影のあるコワそうな人が現れるかと――おそらくインタビューした誰もがそう思うのではないか――作家・神津凛子は美しい女性だ。
¥880 講談社文庫
「俳優としての斎藤工さんしか存じあげなくて。最初にお会いした時は、緊張して何を話したのかさえ覚えていません」(神津)
齊藤が原作のメガホンを持つと知ってから、過去の監督作『blank13』を観て、「作品をあらためて拝見して、こんな素晴らしい方に撮ってもらえるのか、とすごくうれしくて、感動しました」(神津)と語る。
作家にとって、自身の筆で書いた作品は子どものように愛しいもの、と想像する。完成した映画『スイート・マイホーム』を観て、どう感じたのだろう。
「自分が書いたものが映画になった、という感覚よりも、映画を観ている間に『この話知ってる、この先こうなるんだよね』、と思ったんです」(神津)
特に印象に残ったのは、ラストのほうで起用された、物語の鍵ともなる「ある空間」の演出だったという。
「暗くてジメジメした密閉空間をイメージしていたのですが、映像の色彩を含めて『母親』をイメージさせるようなものにしている、と齊藤監督が言っていて。それを聞いた時に、胸に迫る思いがありました」(神津)
それを受けて齊藤はこう答えた。
「神津先生が生み出された物語を、女性キャストの方が体現し、それを撮影監督の芦澤明子さんがカメラで捉えて下さる。映画『スイート・マイホーム』は、このような一連の女性性を伝え渡す物語だと思っています。なので、紆余曲折の中、必然的に"あの色"になりました」(齊藤)
『スイート・マイホーム』は、家、家族、そして「母」がキーワードになる作品だ。温和であたたかなムードを持つ神津凛子に、母性を軸に物語を語ったのかと尋ねると、決してそういう意識はしていない、と返ってきた。
「作品を書いている時は、母性に意味を持たせようと意識的には思わずに、そのまま書ききってしまった。ただ、私自身は母親ですし、自分の体験から出てきた部分もあるかとは思います、でもそのことを書こうとしたわけではないんです」(神津)
では、周りにいる同年代の母親たちに影響を受けたとか?
「ママ友が本当に少ないので......ごく限られた人としか自分は付き合わないんです。そういう人たちから聞いた話が自分の中で蓄積されたり、何か作品ににじみ出たかもしれないけれど。意識してそうしたつもりはないです」(神津)
先にも述べたが、原作者と映像作品は常に繊細な緊張感がともなう。語りたかった、伝えたかったメッセージが同じように伝わるのか、そのことをとても気に病む作家も世の中には多いが、
「本になって世に出た時点で、私が書いたものだけれど私のものではない、それぞれの読み手の感じた物語になる。そういう感覚が私にはあったので、映像化された時点で制作側のみなさんが見ようとしたものになる。その点はお任せです。自分の原作ではあっても、映画は、映画として表現された別の創造物であるという感覚です」(神津)
気持ちのよいクリエイティブのバトンの渡し方をする。そして、出来上がった映画も、「1本の映画」として鑑賞する。物語を書くことが生業であっても、物語を味わうことが本当に好きな人物なのだと感じた。
人間の性(さが)の恐ろしさが表れているストーリーでもある。その点について尋ねると、とても長く時間を取って考え、答えてくれた。
「なんでしょうね......性(さが)。おそろしい性(さが)について、という質問への返答とは異なってしまうかもしれませんが、『スイート・マイホーム』でいうと、真実が見えていたふたりの登場人物がいて、その人たちに悲劇が起きる。その理不尽さというか。すごく切ないな、というか......」(神津)
その在り方を「理不尽で怖い」、と神津は言うが、そういうことを実生活で入念に観察しているのだろうか。他者に対して真正面から本当のことを伝える人が、損をしてしまうような現実の世界を?
「実生活というか、物語から影響を受けているかもしれません。正義の味方だったのに、この人死んじゃうんだ、とか。そういう自己犠牲の物語を好む自分がいます」(神津)
『スイート・マイホーム』に描かれる、周囲に気づかれぬ善意や誠意が散りゆくこと――ホラーの中に息づく、そんな奥深い登場人物たちをも味わいながら、読んで、観てほしい。
神津凛子/RINKO KAMIZU
1979年、長野県生まれ。2018年に『スイート・マイホーム』(講談社刊)で第13回小説現代長編新人賞を受賞し、デビュー。幼少期からホラー小説やミステリー小説に親しみ、スティーブン・キングの作品に大きな影響を受ける。著作の映像化は『スイート・マイホーム』が初めて。他の著作に『ママ』『サイレント 黙認』(ともに講談社刊)など。
●監督/齊藤工
●出演/窪田正孝、蓮佛美沙子、奈緒、中島歩、里々佳、窪塚洋介、根岸季衣、松角洋平ほか
●2023年、日本映画
●113分
●配給/日活、東京テアトル
●2023年9月1日より、TOHOシネマズ日比谷ほか、全国にて公開
©2023『スイート・マイホーム』製作委員会
©神津凛子/講談社
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TAKUMI SAITOH
ナビゲーター役の NTV「こどもディレクター」(水曜 23:59~)放映中。出演映画『カミノフデ~怪獣たちのいる島~』が 7月26日公開。企画・プロデュースした今冬公開の児童養護施設のドキュメンタリー映画『大きな家』に続き、ハリウッド映画『ボクがにんげんだったとき/When I was a human』のエグゼクティブプロデューサーも務める。www.b-b-h.jp/saitohtakumi