万博の熱気を感じる大阪の中之島から、蘭を訪ねて大山崎へ。

写真家の在本彌生が世界中を旅して、そこで出会った人々の暮らしや営み、町の風景を写真とエッセイで綴る連載。今回は中之島〜大山崎の旅。

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仕事で大阪に行くと、決まって訪れる中之島周辺。川辺に新旧の建築が混在していて、日の向きにより川面を鏡のようにして反射する光や高層ビルの窓から跳ね返る光が思いがけないところを照らし、おもしろい写真が撮れる。その瞬間を逃さないように、歩く時はめざとく。

蘭に魅せられた男がのこしたもの。

vol.30 @ 中之島〜大山崎

万博開催直前の大阪に来た。1年以上間が空いたので、街の急激な変化に気後れした。駅や公共施設の外見はすまし顔に変身しそっけなく、中之島のあたりも開発が進んでいた。白い塀にぐるりと覆われた目下工事中のエリアも、数年後には景色をがらりと変えるものが建つのだろう。それでもレンタルバイクを借りて平らな街を走り古本屋に立ち寄れば、書棚と睨めっこする人たちがいたし、隣の喫茶店ではご近所の常連さんがマスターと会話しているのも見たので少しホッとした。

蘭の奇妙で美しい佇まいが好きで、随分前から蘭とその周辺のことをあちこちで拾い集めては撮影している。10年ほど前、蘭のリサーチ中に凄い図版に出合った。その『蘭花譜』は、大正から昭和初期に活躍した実業家の加賀正太郎が、蘭に魅せられ、蘭への愛を思いを込めて形にしたもの。彼は世界中から蘭の原種を収集し、大山崎山荘(現アサヒグループ大山崎山荘美術館)に広大な温室を造り育てた。その手塩にかけた蘭の数々を、浮世絵の手法で刷らせ木版画作品にし、図譜にまとめた。初版は自費出版で300部だったという。復刻版を都立中央図書館で閲覧させていただき驚いた。本物の蘭の花よりも艶めかしさを感じるほどで、あまりの美しさ、版画が発する熱に息を呑んだ。加賀が蘭を育てた温室を見てみたくて大阪から足を延ばし大山崎山荘を訪ねたことがある。温室のみならず山荘も庭も加賀がデザインした"王国"といえる。この温室で夢中で蘭を愛でる加賀の姿が目に浮かんだ。

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大山崎山荘のステンドグラス。木製の重厚な階段の踊り場が彩られて美しい。細部まで加賀正太郎がデザインしたという。興味深い企画展示とともに建築の細部を見るたび意匠の繊細さに心躍る。
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白く広い温室はボイラーシステムで温度管理されていた。昭和初期当時にしてこの充実した設備、蘭たちも加賀に愛されて幸せだったことだろう。

『蘭花譜 京都・大山崎山荘 主の愛した蘭』 
加賀正太郎 原書監修
青幻舎刊
¥3,300

*「フィガロジャポン」2025年7月号より抜粋

photography & text: Yayoi Arimoto

Yayoi Arimoto
東京生まれ、写真家。アリタリア航空で乗務員として勤務する中で写真と出会う。2006年よりフリーランスの写真家として本格的に活動を開始。

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