知っておきたい泌尿器科の話 vol.6 男性不妊、その実情と治療法を医師に聞く!
Beauty 2023.08.24
フェムケアが普及して、婦人科関連の情報は増えてきたけれど、まだあまり語られていないのが尿をつくりだす「泌尿器」の話。身近でありながら知られざる疾患やお悩みを、泌尿器科の専門医・乾将吾先生がわかりやすくお伝えします。最終回となる連載第6回では、男性の不妊症をピックアップ。具体的な仕組みから来院する際の心がけまで、参考にすべきポイントをお見逃しなく。
不妊症は、女性だけのものではない!
こんにちは。「いぬいクリニック」院長の乾将吾です。泌尿器科を身近に感じていただくために続けてきた当連載も、ついに6回目となりました。本日は、泌尿器科から見た不妊治療についてお話しします。
「不妊治療」と聞くと、まだまだ“女性の問題”と考えている方が多いのが事実。しかし、けっしてそのようなことはありません。2017年のWHO(世界保健機関)の調査では、不妊症全体の中で女性側のみに原因があるとされるケースは41%、対して男性のみのケースが24%。また男女両方に何かしらの理由が見られたのは24%、原因不明なものが11%でした。この中で単純に「男性のみ」と「男女両方」のパーセンテージをプラスすると、48%に。つまり、男性が原因として関与する症例が、半数近くにのぼるということがわかったんです。不妊症や不妊治療は、男女問わず気にかけていくべきトピックなのです。
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男性不妊には、どんなものがある?
男性の不妊症は、大きく4つに分類できます。まずは大多数の90%が「造精機能障害」と診断されていますね。これは精液の中の精子の働きが弱かったり、数が少なかったりと、精子をつくる過程や機能に問題がある状態。実はその中の半数以上が「特発性造精機能障害」といって、原因不明とされてしまうんです。加齢やストレス、喫煙や過度のアルコール摂取などの生活習慣やメタボリック症候群などの併存疾患だけでなく、長時間の運転やサウナ、タイトな下着の着用など陰嚢の温度を上げるような習慣も原因になり得るので、できるだけ丁寧な問診で改善策を探りながら、規則正しい生活や適切な食習慣を心がけていただくことに。「造精機能障害」の中で次に多いのが、「精索静脈瘤」があるケース。精巣上部の静脈の流れが悪くなり、こぶができて、精子をつくる機能を低下させてしまうんです。陰嚢や鼠蹊(そけい)部に痛みや違和感が生じることも。こちらは手術での治療が可能なので、適切な診断が求められます。「停留精巣」という先天性疾患も原因のひとつ。精巣は胎児期にお腹の中で発生し出生近くに陰嚢内に降りてきますが、この下降の途中で精巣が留まってしまう状態を停留精巣と呼びます。自然下降の時期なども考慮し、手術時期は1歳前後から2歳までが望ましいとされています。最近では、早期に手術をすればより改善するのではないかという考えもあります。そのほか、流行性耳下腺炎(おたふく風邪)による精巣炎、染色体異常、内分泌障害、遺伝子異常なども造精機能障害の原因とされています。
上記で説明した「造精機能障害」以外は、割合がぐっと下がり、全体の5%程度が「精路通過障害」、約3%が「性機能障害」と診断されているという報告が。「精路通過障害」は、精子をつくる機能に問題はないものの、精巣から尿道までの通り道がふさがったり狭くなったりしていることで、精液中に精子がいない状態を引き起こしてしまいます。生まれ持った体質の人もいますし、鼠径ヘルニア(脱腸)の手術後、精巣に炎症が生じたことで起こる場合も。こちらは手術での治療が可能です。「性機能障害」は「ED」としても知られていますね。勃起障害や射精障害などが挙げられ、動脈硬化や糖尿病を原因に持つケースもあれば、心因性であることも多いです。
上記に挙げた以外の2%ほどは「その他」に分類され、精巣や前立腺の炎症を原因とした不妊症などが考えられます。
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改善のための検査と治療法。
男性不妊の検査方法は、ざっくりと分けて2つ。精液を採取して調べる「精液検査」と、問診や診察で判断する「泌尿器科的検査」があります。「精液検査」では採取した精液を顕微鏡で観察し、精子の数や濃度、運動率などを算出。ただこれは疲労やストレスなど心身の状態によっても左右されるので、一度の検査のみで原因をすべて究明するのは難しく、再検査をおこなう場合もありますね。なのでそこに、泌尿器科系疾患の既往歴をうかがったり、エコー・超音波検査などの外陰部の診察をしたりといった内容に代表される「泌尿器科的検査」を組み合わせ、詳細を探っていきます。
原因が判明したら、3通りの治療法を適宜組み合わせておこなっていくことに。まずは投薬治療ですね。一般的には漢方薬、ビタミン剤などの処方が多いと思います。内分泌障害が原因であればホルモン剤、勃起障害ならEDのための薬がありますよ。漢方であれば「八味地黄丸(はちみじおうがん)」や「牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)」など、身体全体のめぐりを整え元気にするためのものが代表的です。これらはほかの不調時や、女性に対しても処方されることの多い一般的な漢方薬で、特別なものというわけではないので、安心して服用いただけると思います。
次に考えられる治療法は、手術です。先ほどご紹介した「精索静脈瘤」や「精路通過障害」であれば、こぶを取りのぞいたり精子が通る管を再建したりと、物理的なアプローチが可能。流れを妨げている部位さえ改善すれば自然妊娠が期待できるので、しっかり見つけて治療してあげられるとよいですね。
最後に、そもそも精子がつくられていなかったり数が少なかったりする場合には、生殖補助医療を施すことも。精巣を体外に出して顕微鏡で観察しつつ、精子の多そうな組織を採取して顕微授精をおこなう方法です。この場合、精子を取るまでは泌尿器科でおこない、受精自体は産婦人科や不妊治療に特化したクリニックが手がけることが多いですね。ほかの疾患と比べても、格段に各診療科の連携が重要となる治療といえるでしょう。ただこれは精子さえ取れれば可能という話ではなく、パートナーとなる女性の肉体的負担や自費診療での経済的負担が想定されます。それでも希望される場合だけに検討される、限られた選択肢ではありますね。
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不妊治療のための泌尿器科は、ふたりで受診すべき?
さて、昨今は晩婚化が進行している影響もあり、不妊治療に取り組むカップルのお話をうかがうことが多々あります。そんな中でたまに聞かれる「不妊治療のための受診は、カップルで行くべきでしょうか?」というご質問。僕の答えは、「できる限り一緒に行きましょう」です。
2021年にアメリカの泌尿器科学会及び生殖医学学会から、男性不妊症の診断と治療に関するガイドラインが発表されました。そちらには「35歳以下のカップルで1年以上、35歳以上で半年以上妊娠していなければ不妊治療を……」といった内容が綴られているのですが。そのガイドラインも、まず大前提として「ふたりでクリニックへ行く」というところから記載が始まっているんです。
婦人科や泌尿器科でドクターが不妊について話す内容というのは、大多数の人にとって初めて耳にすることであったり、少し難しいものであることが多い。どちらに原因があるにせよ、ひとりで一度だけ聞いてすべてを理解するのは至難の業です。不妊治療にかぎらずほかの病気についてであっても、内容が重くなればなるほど“誰かと”聞いたほうがよいと僕は考えますし、それが不妊治療についてであればなおさら、隣にいるべきはお互いしかいないのではないかと思います。
女性の不妊であっても男性不妊であっても、クリニックへ一緒に行くことがそれを“ふたりごと”にするための第一歩。疾患の理解も深まりますし、お互いの精神面のサポートのためにも、ぜひパートナーとご一緒に……というのが、医師としてというより、人間としての所見です。
さて、ここまで6回にわたり泌尿器科に関するお話しをしてきましたが、いかがでしたか? ニッチな診療科だと思われがちですが、意外と日常生活に関わる身近な場所ですし、気軽に受診いただけるということを知っておいていただけたらと思います。「いぬいクリニック」ではオンライン診療もおこなっていますので、不妊治療や泌尿器科系疾患のセカンドオピニオンなどはもちろん、気軽にコミュニケーションを取りつつ相談いただける場として使ってもらえたら。「どこに相談すればよいかわからない……」というお悩みの受け皿の役割を果たす、“ネオ町医者”的存在になれればうれしいです。
乾将吾|Shogo Inui
いぬいクリニック院長、日本泌尿器科学会認定泌尿器科専門医・指導医
2009年、京都府立医科大学卒。卒業後、同泌尿器科に入局。府立医大病院のほか京都市内の複数の病院で勤務後、在宅医療にも従事し、より広範な医療現場を経験する。2022年「いぬいクリニック」を京都の烏丸御池・二条城エリアに開院。クリニックを診療の場としてだけでなく、人々が集うコミュニティへと発展させるべく、フラットスペース「いぬいのいこい」をクリニック2階に設けワークショップなどを開催。「医療と衣料」をかかげ、インスタグラム(@inoui___)で日々のコーディネートも公開中。
いぬいクリニック
www.inucli.com
いぬいクリニック2階「いぬいのいこい」にて好評の「骨盤底筋を鍛えるヨガレッスン」を開催します。京都河原町にある「畳ヨガ」aina style 主催、岡智恵子さんによるマンツーマンのレッスンで、参加費は無料。詳細、ご予約は「いぬいクリニック」へお電話にてお問合せください。
開催日:9月22日(金)午前
tel: 075-255-1212
【連載】知っておきたい泌尿器科の話
第1回:毎日の尿が教えてくれる、身体の不調とは?
第2回:女性は特に注意! 夏場の膀胱炎、予防のポイントは?
第3回:頻尿のお悩み、もしかして心の状態が原因かも?
第4回:40代以上の4割!? 女性に多い尿もれの実態とは。
第5回:ヴェールに包まれた「男性更年期障害」の真実とは?
text: Misaki Yamashita