マダムkaoriの23SSパリコレ日記 パリコレ日記7日目、疲れを吹き飛ばす感動のショー。
Fashion 2022.10.18
元「フィガロジャポン」の編集長でもあり現在ファッションジャーナリストとして活躍中のマダムKaoriこと塚本香さん。
2年半ぶりにパリコレ参戦中。終盤戦に突入し、ますます盛り上がりを見せる7日目をお届け!
10月2日 感動のショーの連続
パリコレも今日を含めて残り3日、終盤戦に入ってきました。といってもとっくにお気づきでしょうが、この日記を書いているのはパリの空の下でなく、帰国後の東京。この日付からはすでに1週間が過ぎてます。でも、私の心はまだあの街に置いてきたまま。会場で感じたこと、伝えたいことも変わりません。なので、遅れ遅れのパリコレ日記、このまま最終日まで突っ走ります。ここからは疲れを吹き飛ばすような感動のショーの連続だったので。
さて、今日はバレンシアガ、ヴァレンティノ、ジバンシィという見逃せないショーがぎゅっと詰まった1日。でも、その前にショーが終わったばかりのエルメスの小物展示会とRe-seeを朝イチにブッキング。ショーの数は多くないのですが、移動距離が長いため、車をチャーターして準備万全で出発です。
パリでエルメスの小物展示会に行くと、いつも感動します。ユニークな発想、楽しいデザイン、素材や技術のクオリティ、そういうメゾンの哲学がバッグから小さなヘアピンまですべてに貫かれていることがわかる。展示の方法にちょっとした遊び心を忍ばせているのもエルメスらしい。
今回はショールームのところどころに望遠鏡やルーペがセットされ、普通の目線では見えない小物ワールドにズームするような仕掛け。ランウェイで使用されたバッグやシューズだけでなく、スモールレザーグッズやスカーフまで含めて次のシーズンの新作がすべてラインナップされているので、あれもこれもと足が止まってしまうのですが、時間配分しながら気になるアイテムを撮影、Re-seeへと移動します。
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日曜日で道が空いていたこともあり、シャルル・ド・ゴール空港に近いバレンシアガの会場へは思いのほか早く到着。前回のショーと同じパリ・ノール見本市会場です。
わざわざここを選んだのは特別なセットのためにスペースが必要だからとは思っていましたが、中に入ると広大な泥の大地が出現していました。スペイン人アーティスト、サンティアゴ・シエラと共同製作したインスタレーションということですが、シートの後ろの壁も泥で塗り固められ、中央のでこぼこの窪地を囲むように敷かれたぬかるんだ道がどうやらランウェイのよう。
そこに最初に現れたのはイェことカニエ・ウェストで、着ているのはポケット付きのセキュリティジャケットとレザーのライダースパンツ。まるでこれから世界に戦いを挑むかのようなファーストルックです。
その後は着古したようなフーディにランニングショーツ、ダメージ加工のデニム、オーバーサイズのテーラードやライダースなどバレンシアガらしいワードローブが続きます。パンタブーツと一体化したプリーツドレス、マーメイドラインのTシャツドレスなどドレスもアップデート、ラストはアイコンバッグ「City」を再構築したレザーのロングドレス&グローブで幕を閉じました。
その間誰もが目を奪われたのが、薄汚れたぬいぐるみにハンドルをつけただけのようなバッグ、肩までのロンググローブと一体化したビッグクラッチ、そして、本物そっくりの赤ちゃんの人形を抱いて大きなショッピングバッグを手に足元はバレエシューズという男性モデル。いまも続く戦争への抗議なのか、男女の役割を規定する古いジェンダー観へのアンチなのか。どうしてもそこにメッセージを読み解きたくなるのですが、デムナはもっと自由にその先に進みたいようです。会場のシートに置かれていたショーレターで、彼はなんでもレッテルを貼り、カテゴライズするいまの社会を批判したうえで、こう語っています。「自分らしく生きるには毎日が戦場。自分でいようとすればするほど、顔面にパンチをくらうことになる。でも、誰とも違う自分でいることはどんなに素晴らしいか」(拙訳)。トップのカニエだけでなく、泥だらけになるのも気にせず、しっかりと前だけを見て進むモデルたちは、自分らしく生きるために戦う姿を体現しているように思えてきます。
誰もが誰にでもなれる世界であってほしいというのがこのSummer2023コレクションでデムナがいちばん伝えたかったこと。本質と向き合うことは泥を掘り起こすような地道な行為というメタファーとしての泥のセットということですが、湿った匂いも含めて生のショーだからこそ彼のそうした心情もより深く感じられた気がします。「戦争をするのでなく愛し合いましょう」
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バレンシアガからの帰りは行き以上にスムーズであっという間にパリに戻ってこられたので、ヴァレンティノの前にその会場近くのドーバー ストリート リトル マーケットのショールームで開催されているDSMの展示会に行くことに。ヴァケラやWEINSANTO、ERL などの新鋭デザイナーからステファノ・ピラーティのRANDOM IDENTITIESまで、DSMで取り扱う商品だけでなくそれぞれの春夏コレクションがすべて揃っているというブランドをサポートするための展示会。デザイナー本人も会場にいて、自ら説明をしてくれます。これまた夢中で見ていたらランチタイムがなくなっちゃいました。大慌てでヴァレンティノへ移動します。
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ヴァレンティノのランウェイショーを見るのは2年半ぶり。パンデミックの渦中もピエールパオロ・ピッチョーリはそのことに負けない美しいコレクションを届けてくれました。ヴェネチアで発表した2021秋冬オートクチュールはライブ配信を見ていても涙が浮かんできたほど。なので久しぶりに生で見るショーに期待で胸いっぱいです。
数日前に送られてきたショーの招待状は真っ黒なボックス、そしてそこに書かれていた「UNBOXING」というワードが今回のテーマのよう。文字どおり箱を開けるということですが、さてヴァレンティノのボックスから出てくるのはなに? 待ちきれない思いで会場に到着すると、エントランス周辺はまたもや人だかり。前シーズンのピンクPPのキャンペーンにも登場しているゼンデイヤがお目当てらしいのですが、彼女の姿はまだ。携帯の嵐を抜けて会場に入ると、今度はピンクの嵐です。
席に座って待つこと約45分。外の歓声が最高潮に達したと思ったら、ようやくゼンデイヤが現れて、いよいよショーが始まります。オープニングを飾ったのは、ヌードベージュにVロゴをプリントしたプリーツドレス。ドレスからのぞく手や足も爪先までVロゴ、顔にもこの柄のメイクが施されている。Vロゴはブランドのアイコンとしてその後も色を変えてウエアだけでなくシューズやバッグまでさまざまに展開されますが、それよりも注目すべきはモデルの肌の色とリンクさせて次々と出てくるヌードスキンのカラーパレット。
今回のコレクションでピッチョーリがフォーカスしたのがあらゆる肌の色。人種も体型もジェンダーも違うモデルたちがその個性のままにそれぞれのスキンカラーを纏ってランウェイを歩いていく姿はまさに「多様性」という言葉の本質を体現しています。しかもそのルックのどれもが完璧な美しさ。ボディを流れ揺れるケープドレス、大胆にサイドや背中をカットしたスーパーミニドレス、完璧なテーラリングのパンツスーツやコートは内側だけにフェザーを配して、という具合。前シーズンのピンクと同じように、色以外の要素を削ぎ落として表現するエレガントなミニマリズム。引き算されたアイテムは肌と同化するように、それぞれの個性を引き出している。それに加えて、彼が何シーズンもリフレインしているオーバーサイズのシャツやプリーツドレスなどシグネチャーアイテムも素材やフォルムを刷新して登場。メゾンのクラフトマンシップが詰まった総スパンコール刺繍のボディスーツやドレスも圧巻。全91ルックもあるコレクションの素晴らしさは語り尽くせません。
ショーノートに書かれたピエールパオロの言葉とともに考えると「UNBOXING」とは自分を規定している枠から抜け出して自由になる、余分なものを取り除いて本質を探す、ひとりひとりのアイデンティティに目を向ける、ということなのでしょう。後から聞いたのですが、ショーにはランウェイを歩くのは初めてというモデルもたくさんいたとか。有名無名に関わらず、服を着るひとりの人間として彼らを見てほしかったからのキャスティング。ピエールパオロ・ピッチョーリのヴァレンティノはいつも人への愛から生まれている、だからこそ、こんなにも私たちの心を熱くするのです。
だからこんなに遅れても許せます。遅れに遅れて次のBeautiful Peopleのショーには間に合あいそうもなく、ジバンシィに直行しなければ。ジバンシィの会場はセーヌを渡った5区の植物園”Jardin des Plantes”。屋外での開催と聞いてはいたけれど、移動中にどんどん雲行きが怪しくなって、到着する頃にはどしゃ降りの雨。傘は用意されていたもののランウェイもシートもびしょ濡れ状態です。この雨のなかどうなるの?とハラハラしていましたが、ファッションの女神が微笑んだのかほどなく雨が止んで、植物園の庭の上には虹。さあ、ショーの開幕です。
マシュー・ウィリアムズがジバンシィのクリエイティブディレクターとして初コレクションを発表したのはコロナ禍の2020年10月ということもあって、ショーを見るのは今回が初めて。彼のジバンシィについてはっきりしたイメージを持てないでいたのですが、それが少し見えてきた気がしました。
ショーノートにも書かれていた「フランスとアメリカのコスモポリタンなドレスコードの異文化交流」が彼が考える21世紀のジバンシィのキーワード。パリのシックと彼の出身地、ロサンゼルスのクールを融合させたスタイルを確立しようとしている。この23年春夏はそのプロローグといえるかもしれません。創業者のアイコン的アイテム、フリルブラウスはバスト下でカット、レザーのブラを透けさせて、ボトムスにはカーゴパンツを合わせる。リトルブラックドレスはワンショルダーにしたり深いスリットでモダンに仕上げる。メゾンのアーカイブを意識しながらもそれに縛られないアプローチを模索しているよう。今シーズンからスタイリストにカリーヌ・ロワトフェルドを迎えたと聞いて、これからますます期待大です。
雨も上がって、心地よいパリの夕暮れ。ランチ抜きで疲れ切ってしまい、最後に予定していたオリヴィエ・ティスケンスをスキップしてホテルに戻ります。あまりに長い日記になってしまったので、今日はこれで終了。ラスト2日もパリ&東京からお届けします。
Vol1.ファッションジャーナリスト塚本香の23SSパリコレ日記スタート!
Vol2.Blackpinkのジスに遭遇! 感激のパリコレ2日目へ。
Vol3.ドリス ヴァン ノッテンに胸を熱くしたパリコレ3日目。
Vol4.4日目はクロエのショーからスキャパレリの展覧会まで。
Vol5.折り返しの5日目は待望のロエベ、おいしいディナーも。
Vol6.パリコレ日記、美しく語りかけてくるファッションとは?
ファッションジャーナリスト/エディトリアルディレクター。
1991年より「フィガロジャポン」の編集に携わる。「ヴォーグ ジャパン」のファッションディレクターを経て、2003年「フィガロジャポン」編集長に就任。その後、「エル・ジャポン」編集長、「ハーパーズ バザー」編集長とインターナショナルなファッション誌の編集長を経験し、今年からフリーランスとして活動をスタート。このコロナ禍までは毎シーズン、パリ、ミラノ、ニューヨークの海外コレクションに参加、コレクション取材歴は25年以上になる。
Instagram:@kaorinokarami
text & photography: Kaori Tsukamoto