2024年アカデミー賞、ありがとうの方向性とは?
編集KIMのシネマに片想い 2024.03.11
2024年3月11日、米国アカデミー賞授賞式が行われました。日本では毎年wowowが朝早くからのライブと、同日21時より字幕付きで編集されたバージョンを放映し、1年で最も華やかな映画の祭典を届けています。
注目されていたのは、『バービー』ケン役のライアン・ゴズリングのパフォーマンス!!©Aflo
今回、
・『PERFECT DAYS』『君たちはどう生きるか』
・『ゴジラ-1.0』と日本映画3作のノミネート
・『オッペンハイマー』が何部門で受賞するか
が話題でした。結果、日本映画は長編アニメ映画賞で『君たちはどう生きるか』、視覚効果賞で『ゴジラ-1.0』2作受賞の快挙、そして『オッペンハイマー』は7部門受賞に。原爆をどう描いているかが争点になり、日本公開は他国に遅れて3月29日からになります。かえってアカデミー賞の話題に乗ってヒットしそうですが。
以下、受賞スピーチや、wowowのスタジオの町山智浩さん、中島健人さんの常連解説メンバーと、ゲストトーカーの映画監督・滝田洋二郎さんのコメントなどを紹介していきます。
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今回、大リーグと同じ(?)進行なの状況か、スピーチの時間がとても制限されていた印象でした。スピーチ時間に限りがあると、オスカーウィナーは感謝する対象者の名前を具体的に挙げることに注力するのだなあ、と思いました。過去の受賞スピーチでは、個人の人生の背景などをしっかり伝えながら、昨年のミシェル・ヨーのスピーチなどもそうでしたが、一個人がどうやって自身の人生を営み創造と関わってきたか、が示されることが多かったのに、少し残念な気持ちにも。そのぶん、短い言葉でどうオーディエンスの心をキャッチするかが大事で、それに長けた受賞者もたくさん。「ありがとうの方向性」がモノを言う第96回米国アカデミー賞スピーチだったと思います。
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今回、ノミネートされながらも無冠の作品だった『パスト ライブス/再会』。韓国系女性監督セリーヌ・ソンが、レッドカーペットインタビューで、
「人の感情を繋ぎ合わせていくことが、私の使命だと思う」
と語りました。本作は、韓国で幼なじみだった男女が再会し、宿命や運命について深く感じ入りながらも、互いの人生をそのまま歩んでいく、というとても静かだけれども心にじ~んとくる作品です。母国で一生過ごす人・移民として別の国で暮らす人、それぞれのものの考え方の違いなどにも触れていて、現代的なテーマも備わっている。小品で地味、と言われそうですが、素晴らしい作品なのでぜひ観てください、ソン監督の描く台詞もとても洒脱です。4月5日公開です。
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俳優賞のプレゼンターの演出が変わりました。いままでは、前回の受賞者が出演作全作を説明し、背景に出演シーンが流れるというものでしたが、過去に受賞した複数の俳優が檀上に上がり、ひとりの俳優がひとりのノミニー紹介をする、という演出です。
©Aflo
助演女優賞は『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』(6月21日公開)のディヴァイン・ジョイ・ランドルフ。
「私の母はこう言ったんです、『演劇部門に行けば何かがある』と。長きにわたって、私は異なる存在になろうとしていました、そして、教室で唯一黒人だった私に、それで十分だよ、と言ってくれた人たちに感謝しています」
アイデンティティに関して語られた言葉には、いつも心を揺さぶられます。
©Aflo
スタジオで町山さんがおっしゃっていたことと全く同じことを感じていたのですが、『ナイアド ~その決意は海を越える~』で助演女優賞にノミネートされたアメリカ・フェレーラに対して、『ウエストサイド物語』のリタ・モレノが言葉をかけるという演出が心憎いなあ、と。リタ・モレノのI like be in America の歌とダンスは名場面です。こういう過去の作品に対しての敬意と現在のクリエイティブを結び付ける企みがアカデミー賞授賞式にはたくさんあって、映画好きにはたまらない。
そして、『ホールドオーバーズ~』はビターズエンドという『パラサイト 半地下の家族』をヒットさせた小さな映画配給会社の作品であることも見逃せません。いつも善き良き作品を日本の観客に届けてくれる会社です。
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脚本賞は『落下の解剖学』
現在公開中で、2023年のカンヌ国際映画祭最高賞パルムドール受賞作です。
ジュスティーヌ・トリエとアルチュール・アラリという夫婦で脚本を仕上げ、妻のジュスティーヌ・トリエが監督した作品ですが、このふたりで夫婦、というのもすごい才能のカップル。アラリも非常に優れたフランスの映画作家です。
「映画を創るうえで、考え直す段階にきていると思っていた現在、この受賞は大いなる救いです。プロデューサーが声をかけてくれ、クレイジーな状況下で、パンデミックの間に書き始めたけれど、みんなが平等な雰囲気で、自由を与えてもらえたからこそ制作できた作品だったと思います。脚本に、役者たちが命を与えてくれました」
スタジオで、滝田監督が作中の台詞で、「365日の中で5日間は夫を心から憎んでいる」、という言葉を指して、まさに夫婦ってこういうものだと思う、それを描いているというコメントが印象的でした。
関連記事>>>映画『落下の解剖学』監督ジュスティーヌ・トリエ、ノミネートの瞬間の大喜びの映像が話題に。
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『哀れなるものたち』は4冠。
メイクアップ・ヘアスタイリング賞、美術賞、衣装デザイン賞、そしてエマ・ストーンの主演女優賞。
衣装デザイン賞受賞のホリー・ワディトンは、
「(いま一緒にここにいる)他のノミニーから刺激をうけて、この仕事に就いたんです。大胆な作品を創れたこと、私のアイデアを受け取って実現してくれたことに感謝します。ブタペストのハンガリー人で、意図の説明も難しかった‥‥でもうまくできました!」
映画は世界共通語、ということがよくわかるメッセージでした。
©Getty Images
そしてエマ・ストーンは‥‥‥泣きながら舞台に上がり、
「ドレスが壊れちゃった‥‥‥(後ろのファスナー)。声もかすれてしまってます。ちょっと前にパニックになってしまったんです、とにかく自分を客観的にみなければ、と。多くの人の集合体でこのような素晴らしい映画が作れました。私たちがこの作品に関われたことに感謝しています。私の娘、彼女はあと3日で3歳になります、私の人生を彼女が変えてくれました」
主演だけでなく、プロデュースでも本作と関わり、2018年の『女王陛下のお気に入り』でも同監督ヨルゴス・ランティモスとタッグを組んでいたエマ・ストーン。
中島健人さんが「人間の性に対して、エマの演技を通して見つめることができる」と語ったのはとても的を得ていて、心に残りました。
今回、俳優と監督の信頼が結実した作品が受賞に結び付いた映画が注目されました。
エマ・ストーンとヨルゴス・ランティモスしかり、『オッペンハイマー』のキリアン・マーフィーとクリストファー・ノーランも長きにわたりタッグを組んできたペア。こちらも主演男優賞・監督賞・作品賞まで手にしています。受賞は逃しましたが、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』のレオナルド・ディカプリオ&ロバート・デ・ニーロとマーティン・スコセッシもそうですね。
長年のタッグを組んできた同士で、チームで受賞したからこそ、今回のオスカーは感謝の意味や信頼の絆を強く感じるのかもしれません。
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国際長編映画賞の受賞作は『関心領域』(5月24日公開)でした。
『PERFECT DAYS』が受賞できず残念でしたが‥‥‥でも、現在の世界に対してのざわめく感覚を、ひたひたと静かに奥深く訴えかけるような作品です。ナチスの収容所のすぐ横に、豪邸を建て、そこでは虐殺の間近であるにも関わらずふつうの生活が営まれている、その普通側を淡々と描く作品。
監督・脚本のジョナサン・グレイザーは、
「私たちはいまこそ気づいて、伝えたい。過去に何があったかよりも、これからの未来に向かって。ホロコーストのせいで何の罪のない人が犠牲になってきた。いま、世界で起こっている戦争でも"人間"が犠牲になっているのです」
『関心領域』は音響賞も受賞。町山さんが、「『オッペンハイマー』だと思っていたのに意外。アプローチがまったく逆の作品で、音響がかすかにしか聞こえないように作られた映画。小さな子どもの泣く声や、殺されたユダヤの人々を運ぶずずずという音、それらが聞こえるか聞こえないか程度で音響効果として流れている」というコメントがとても考えさせられました。映画が描こうとしているテーマに沿って、空恐ろしさを強く感じさせる音の演出、すごい。
映画は時代を映す鏡ですし、社会の情勢と大きく関わり制作され、広められ、このような場で評価を得ます。今年は戦争や原爆に訴求する作品に光が当たりました。
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原爆を発明してしまった人物を描いた『オッペンハイマー』は、先述しましたが7部門受賞。
助演男優賞受賞のロバート・ダウニー・ジュニアは、
「妻が私を見つけてくれました」
©Aflo
彼のこの言葉には、彼がドラッグ漬けになって苦しみ、再浮上してこのステージで再評価されていることを身近で支えた人への感謝の意が。
編集賞のジェニファー・レイムは初ノミネートで受賞。
「ここに立っているいまもそうですが、『オッペンハイマー』のオファーが来た時、とても怖かった。でも、自信を持つことができました、そして、作品を作っている間、毎日仕事に行くのが楽しみでした」
撮影賞のホイテ・ヴァン・ホイテマは足元のスニーカーが可愛かった!
「これからフィルムケイカーになりたい人、まずは撮影してみてください。思ったよりうまくいきます」
軽やかなスピーチも絶妙ですが、アイマックスの重い巨大な機材を手持ちで扱う人物だそうで。核分裂の映像を本人の自宅の庭で撮っていたというからまさにアイデアマンですね。
作曲賞のルドウィグ・ヨーランソンは、
「この素晴らしい世界に導いてくれてありがとう、バイオリンの旋律のアイデアをありがとう。両親へ、ビデオゲームよりも楽器を与えてくれてありがとう」
クリストファー・ノーラン監督が携帯も持たず、本も必ず紙で読む、という人物像と、この「ゲームより楽器」のコメントは相関関係な気がします。
そして主演男優賞のキリアン・マーフィーは初ノミネートで受賞。
「この20年にわたる関係に感謝、素晴らしいチームに感謝します。アイルランドとして誇らしく思っています。これから和平を構築していく人々にこの賞を捧げたい」
©Aflo
監督賞のクリストファー・ノーランにプレゼンターとしてオスカー像を渡したのはスティーブン・スピルバーグでした。スピルバーグの言葉にはとても共感しました。
「映画はエンターテイメントであるだけではなく、良い映画は、私たちの考え方や在り方をより確かなものにしてくれる」
監督賞を受賞したノーランは、
「作品の可能性に気付き、私を信じてくれてありがとう。プロデューサーでもある素晴らしい妻へ。映画とは120年の歴史をもっていて、この旅はどこまで行くのかわからない。でも、その一翼を担っていきます」
©Aflo
スタジオの滝田監督も町山さんも、スピルバーグからバトンを受け取った、と感じられてました。その様子がまた胸を突くものがありました。
作品賞の受賞では、ノーランの妻でプロデューサーのエマ・トーマスがスピーチ。
「この舞台を私も夢に見ていました、実際にここに立って空白になってしまった。夫は素晴らしい、気力のある監督です。二人でてがけてきた20年間は刺激的でした」
©Aflo
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長編ドキュメンタリー賞の『実録 マウリポリの20日間』では、ムスティスラフ・チェルノフは
「ウクライナの初オスカーです。しかし、この舞台に立ってしても『この映画を作るような状況にならなければよかった』と感じる初めての監督だと思います。ロシアに、ウクライナを攻撃せず、ウクライナ人を殺さないでほしい。捕虜を開放してほしい、土地を守り、市民を守りたい。私は過去も歴史も変えられない。力を合わせることによって、最も才能がある人たちとともに真実を明らかにしたい。映画は記憶です、この記憶を忘れられないものにしたい」
とても、重く深いスピーチでした。
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さて、日本からの受賞、視覚効果賞『ゴジラ-1.0』で監督、脚本、VFXを手掛けた山崎貴監督は
「40年以上前に『スター・ウォーズ』と『未知との遭遇』に影響を受けました。ノミネーツのリングに入って強敵と対戦しなくてはという気持ちでおり、いまここに立っています。ハリウッドでない場所でがんばっている誰にでもチャンスがあるという証となりました」
©Aflo
後の記者会見で山崎監督は、
「実感がまだわかない。日本映画が海外でもある程度、興行が成功していければ、日本映画の状況そのものが変わると思う。いま、世の中が緊張状態になっているのは運命に思います。ゴジラは核兵器の象徴であり、それを鎮めるというのが映画のありようです。いつか『オッペンハイマー』へのアンサーとなる映画を、日本人として作らなければならないと思います」
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フィガロジャポンとしては大応援している『バービー』は歌曲賞受賞のみ、ビリー・アイリッシュ&フィニアス・オコンネルです。
ビリーのスピーチは、
「昨晩悪夢を見ました。予期せぬ受賞で、私はラッキー。私の親友へ、バービーと一緒に遊んだよね、ダンスと歌唱の先生、私のこと嫌いだったけど、いい指導してくれてありがとうございます」
©Aflo
3月11日今晩21時より、「第96回アカデミー賞授賞式」はWOWOWプライムとWOWOWオンデマンドで放映です。WOWOWオンデマンドでは3月19日の23時59分までアーカイブ配信がありますので、ぜひご覧ください!