立田敦子のカンヌ映画祭2023 #09 日本勢が2冠、今年のカンヌはアジアン・イヤー!

Culture 2023.05.29

5月27日(土)、第76回カンヌ国際映画祭のクロージングセレモニーが開催され、各賞が発表された。

最高賞のパルムドールを受賞したのは、フランスの中堅女性監督ジュスティーヌ・トリエの『Anatomy of a Fall』(原題)。フランス人男性と結婚したドイツ人作家が、夫の死により殺人の嫌疑をかけられるという法廷劇だ。スリリングなサスペンスとしての出来のよさはもとより、結婚や家族についてのドラマでもあり、さらにフランス語、英語、ドイツ語で展開される本作は、主人公の置かれた立場を通して異文化を拝見にした人々の異言語でのコミュニケーションの難しさ、寛容性といった、今日のトピックスであるダイバーシティのテーマにも踏み込んでいる。主演は『ありがとう、トニ・エルドマン』(2016年)で知られるドイツの実力派ザンドラ・ヒュラー。

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ジュスティーヌ・トリエ監督『Anatomy of a Fall』(原題)より。Photo du film ANATOMIE D’UNE CHUTE de Justine Triet ©︎Les Films Pelléas – Les Films de Pierre

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パルムドールを受賞したジュスティーヌ・トリエ監督。©︎Festival de Cannes

グランプリに輝いたのは、『The Zone of Interest』(原題)。マーティン・エイミスの2014年の小説を大胆に映画化した本作は、アウシュビッツの隣の邸宅に住むナチスの高官の恵まれた日常を通して、ホロコーストの残虐性に焦点を当てた野心的な作品だ。『セクシー・ビースト』(00年)や『アンダー・ザ・スキン』(13年)で知られる英国の気鋭ジョナサン・グレイザーの4本目の長編映画となる本作は、米国のA24と英国のFilm4が製作だが、ドイツ語でドイツとポーランドで撮影された。

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ジョナサン・グレイザー監督『The Zone of Interest』(原題)より。©︎Courtesy of A24 / MICA LEVI

前述のザンドラ・ヒュラーは本作にも高官の妻役で出演している。コンペの上位2賞を受賞した作品に主演したヒュラーは、今年カンヌで最も輝いた女優であることは間違いないが、「同じ作品に上位の賞を授与しない」というカンヌの法則もあり、女優賞を受賞することはなかった。

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監督賞、18世紀の美食家ブリア=サラヴァンをモデルに、ダドン・ブーフォンの食への情熱とロマンスを描いた『ポトフ』のトラン・アン・ユンが受賞した。ブノワ・マジメルとジュリエット・ビノシュが久々に共演した作品としても注目を浴びている。男優賞候補として、マジメルの名前が取り沙汰さされていたが、監督賞に落ち着いた。

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トラン・アン・ユン監督『ポトフ』より。LA PASSION DE DPDIN BOUFFANT ©︎Carole-Bethuel ©︎2023 CURIOSA FILMS-GAUMONT – FRANCE 2 CINEMA

ザンドラー・ヒュラーの一強と思われていた女優賞を受賞したのは、トルコの巨匠ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督『About Dry Grasses』(英題)のメルヴェ・ディズダル。

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ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督『About Dry Grasses』(英題)より。LES HERBES SECHES ©︎Nuri Bilge Ceylan

男優賞は、ドイツの巨匠ヴィム・ヴェンダースが東京を舞台に撮った『Perfect Days』の役所広司が受賞した。トイレ清掃員の穏やかな日常を描いた本作は、渋谷のデザイントイレだけでなく、隅田川にかかる橋や銭湯、飲み屋など、スカイツリーを望む東京の下町の情緒も描かれており、『ロスト・イン・トランスレーション』(03年)におけるソフィア・コッポラの眼差しにも似た、“外側からの視点”による東京の魅力が描かれている。

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ヴィム・ヴェンダース監督『PERFECT DAYS』より。© 2023 MASTER MIND Ltd.

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男優賞を受賞した役所広司。©︎Festival de Cannes

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審査員賞は、フィンランドの名匠アキ・カウリスマキの『Fallen Leaves』(英題)。労働者3部作の一遍である本作は、ヘルシンキ郊外で働く孤独な女と男の出会いとささやかなロマンスを描く。カウリスマキ節が心に染みる愛すべき1作。

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アキ・カウリスマキ監督『Fallen Leaves』(英題)より。LES FEUILLES MORTES ©︎Sputnik

脚本賞は是枝裕和監督『怪物』の坂元裕二に。自ら脚本を執筆することが多い是枝監督が、映画『花束みたいな恋をした』(21年)でも知られる脚本家・坂元と組んだ注目作。小学生の少年の学校におけるイジメや虐待疑惑の真相を、シングルマザー、教師、子どもの視点から描き出す。本作は、前日に授賞式が開催され「クイア・パルム」も受賞(審査員長はジョン・キャメロン・ミッチェル)している。弱者に寄り添い、真摯な眼差しで現代社会を描き続ける是枝監督はカンヌで人気の高い監督のひとりだが、脚本家を迎えた本作でも高い支持を得た。

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是枝裕和監督『怪物』より。©2023「怪物」製作委員会

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監督賞を受賞した是枝裕和監督。©︎Festival de Cannes

男優賞、脚本賞を日本勢が受賞。近年、アジアといえば監督にスポットライトが当たることが多かったが、今年は日本勢の活躍が目立った。ベトナム出身でフランス在住のトラン・アン・ユンも監督賞という大きな賞を受賞したことから、授賞式後の会見では“アジアンイヤー”という言葉も聞こえてきた。

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映画ジャーナリスト 立田敦子
大学在学中に編集・ライターとして活動し、『フィガロジャポン』の他、『GQ JAPAN』『すばる』『キネマ旬報』など、さまざまなジャンルの媒体で活躍。セレブリティへのインタビュー取材も多く、その数は年間200人以上とか。カンヌ映画祭には毎年出席し、独自の視点でレポートを発信している。

text: Atsuko Tatsuta

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