立田敦子のカンヌ映画祭2023 #10 今年のカンヌから気になるニュース&作品を振り返り!

Culture 2023.06.06

『ザ・スクエア 思いやりの聖域』(2017年)、『逆転のトライアングル』(22年)と、2作連続でパルムドールを受賞したスウェーデンの異才リューベン・オストルンドが審査員長を努めた第76回カンヌ国際映画祭。審査員団による受賞結果は9回目記事のとおりだ。個人的には特に異論はない。というより、現地のジャーナリストたちの評価と受賞結果にズレがあるのは常だし、映画祭における“賞”とはそういうものだからだ。賞の数も限られており、いい作品が無冠で終わることもある。北野武監督が常に口にしているように、「カンヌに選ばれて上映できることだけで名誉なこと」なのだ。

とはいえ、受賞しなかったけれど、個人的に思い入れのあるいくつかの作品について、ここで触れておきたい。1作目は、コンペティション部門で上映されたトッド・ヘインズの『May December』(原題)である。未成年のジョーと性交渉を持ったことで逮捕、収監されたグレイシー(ジュリアン・ムーア)は、出所後ジョーと結婚した。スキャンダルも収まった20年後、女優のエリザベス(ナタリー・ポートマン)が、ふたりの“事件”の映画化の準備のため街にやってくることで、平穏に見えた家庭生活に影が忍び寄る。1990年代に世間を騒がせたメアリー・ケイ・レとルノーの事件をモチーフにした脚本を、ポートマンがヘインズに持ち込んだことによって映画化が実現した。ヘインズの朋友ムーアの演技はいつもながら素晴らしく、ポートマンはキャリア最高峰の演技を見せたが、賞には絡まなかった。

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トッド・ヘインズ監督『May December』(原題)より。©︎ May December Productions 2022 LLC

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興味深いのは、今年は“映画製作”にまつわる映画が驚くほど多かったことだ。コンペ部門では『May December』以外にも、ウェス・アンダーソンの『アステロイド・シティ』、カウテール・ベン・ハニアの『Four Daughters』(英題)、ナンニ・モレッティの『Il Sol dell’ Avvenire』(原題)などがある。

『アステロイド・シティ』は、55年のアメリカの架空の街アステロイド・シティを舞台にした劇中劇だ。まず、舞台の製作の裏舞台を描いたTVプログラムであることが説明され、劇中映画『アステロイド・シティ』が始まる(複雑な構成だが、裏舞台はモノクロで、劇中劇はカラー)。5000年前に隕石が落下した土地として知られる砂漠の中の街で、妻に先立たれたばかりのジェイソン・シュワルツマン演じる主人公と隣に住むミッジ(スカーレット・ヨハンソン)のロマンスを軸に物語は展開する。ティルダ・スウィントンやウィレム・デフォー、エイドリアン・ブロディ、ブライアン・クランストンといった常連に加え、トム・ハンクスマーゴット・ロビーマヤ・ホーク、ホン・チャウなど、これでもかというほどの豪華なキャストがウェス・アンダーソンの“ドールハウス”で役を演じる。アイスクリームカラーで構築されたポップなヴィジュアルはいつもながらオシャレで楽しいが、背景では核実験が行われ、窓越しにキノコ雲が見えるなど“脅威のアメリカ”に対する批評的な側面もある。

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ウェス・アンダーソン監督『アステロイド・シティ』より。

『皮膚を売った男』(20年)で注目されたチュニジアの女性監督カウテール・ベン・ハニアの『Four Daughters』(英題)は、4人の娘のうちふたりが疾走し、過激派組織「イスラム国」(IS)の花嫁となってしまったチュニジア人の母親オルファのもとにハニア監督が訪れ、プロの俳優を使って家族の物語を映画化したドラマ。奇をてらった構成は、オストルンド好みとも言われたが、受賞にはいたらなかった。

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カウテール・ベン・ハニア監督『Four Daughters』(英題)より。

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ナンニ・モレッティの『Il Sol dell’ Avvenire』(原題)は、モレッティ自身が演じる映画監督の新作の製作の舞台裏と結婚の危機を描く。資金繰りに行き詰まった監督がNetflixや韓国人プロデューサーに頼ろうとするなど、時事ネタを盛り込んだ私小説的な作品だ。

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ナンニ・モレッティ監督『Il Sol dell’ Avvenire』(原題)より。VERS UN AVENIR RADIEUX ©︎2023 Sacher Film – Fandango – Le Pacre – France 3 Cinema

「監督週間」に選出されたミシェル・ゴンドリーの『The Book of Solutions』(英題)もゴンドリーを投影させたであろうピエール・ニネ演じる若手映画監督の映画製作の裏側描くコメディだ。また、アウト・オブ・コンペ部門(招待作)で上映されたソン・ガンホ主演、キム・ジウン監督の『In the Web』(英題)は70年代のソウルにて2日間で映画の結末を撮り直すことを決意した映画監督の話だ。

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キム・ジウン監督『In the Web』(英題)より。DANS LA TOILE ©︎ 2023 BARUNSON ALL RIGHTS RESERVED.

“映画作りの裏側を描く映画”は、もはやひとつのジャンルを作ってもいいくらい頻繁に使われるテーマだが、それにしても今年は多い。フランソワ・オゾンが『苦い涙』(23年)のインタビューで言っていたように、コロナ禍が影響しているのだろうか。ロックダウンの際、ほとんどすべての映画監督は、“以前のように撮影できる日は再び訪れるのだろうか?”と考えただろう。映画作りとは何か? という問いと向き合った監督たちが、映画製作というテーマに向かったのかもしれない。比較的、小規模の予算(ウェス・アンダーソンをのぞき)で撮れることも、コロナ禍で弱体化した映画業界にとって実現しやすさに繋がったのだろう。

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資金源といえば、ラグジュアリーブランドのサンローランが新たに映画制作会社「サンローラン・プロダクション」を設立し、ペドロ・アルモドバル監督の短編『Strange Way of Life』(原題)と故ジャン=リュック・ゴダールのドキュメンタリー『Phony Wars』(英題)をカンヌで披露した。

カンヌの街中では、BMW Filmsによる短編『The Calm』の広告を見かけた(BMWは22年よりカンヌ映画祭のオフィシャルパートナーとなっている)。主演は『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー VOLUME 3』(23年)のポム・クレメンティエフが、今年のカンヌ映画祭のレッドカーペットを歩くことを目指すというストーリーで、ユマ・サーマンも共演している(YouTubeで視聴可)。

またブランドといえば、映画祭期間中には、セリーヌのクリエイティブディレクターのエディ・スリマンが主催するディナーがハリウッドのセレブリティの常宿として知られるホテル・デュ・キャップ・エデン・ロックで開催され、グローバルアンバサダーのBLACKPINKのLISAやBTSのV、俳優のパク・ボゴムほか、今年の司会者であるキアラ・マストロヤンニなど、俳優たちも多く出席した。コロナ禍で脆弱になった映画祭および映画業界には、こうしたラグジュアリーブランドの参戦も頼もしい存在といえるだろう。

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BTSのV、2023年5月30日 パリでのストリートスナップ。©︎CELINE

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映画ジャーナリスト 立田敦子
大学在学中に編集・ライターとして活動し、『フィガロジャポン』の他、『GQ JAPAN』『すばる』『キネマ旬報』など、さまざまなジャンルの媒体で活躍。セレブリティへのインタビュー取材も多く、その数は年間200人以上とか。カンヌ映画祭には毎年出席し、独自の視点でレポートを発信している。

text: Atsuko Tatsuta

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